雨の日、秋の日、フツウの日？｜リアクション

雨の日、秋の日、フツウの日？

　最近、この店をよく見ている気がする。
　きらびやかな灯りを見つめ、八十八旗信彦は雨越しにその店を見た。ただでさえ日没の早いこの季節、雨空のせいで周囲は余計に暗く感じる。
　そんな視界の中で、駅前広場の周辺はやはり輝いて見えた。特に信彦が見ているブランド店は、正面にディスプレイされたジュエリーが照明を跳ね返している。
　その光が信彦の心に決意を促した。
　――雨のせいか、人が少ないよなぁ……。
　同じ時間帯に比べ、人通りはかなりまばらだ。何度か確認する。
　人は増えない。
　――今がチャンスってところかな！？
　信彦の鼓動がやや跳ね上がる。何度かジュエリーショップに入ろうとして、それを押しとどめてきたのが人の目だった。心理的ハードルが高くて、なかなか入店できなかったが……
「よし、行こうっ」
　自分を奮い立たせるようにそう呟くと、信彦はショップの、鉄扉のように重たく見えるガラス扉を押した。

　もとはといえば、信彦が彼女と喧嘩中であることに端を発する。
　最近は避けられていて……そろそろ二か月近くになるだろうか。
　――浮気じゃないんだけどな。
　紳士の務めと思いレディに愛をささやいているのだが、それが彼女を不安にさせていることもまた事実。
　愛する者を不安にさせてなにが紳士か。
「待ってろよ……安心の『確約』、用意してみせようじゃん」
　重そうに見えた扉は、意外とすんなり開いた。
　雨の音が小さくなって、代わりに静かなメロディーが耳に入ってくる。
「いらっしゃいませ」
　店員が歩み寄って、濡れた傘の処理をしてくれる。
「あ、どうも」
　一瞬、その女性店員に気の利いた一言でも返そうかと思い――信彦は首を振った。
　今日はそんなことをしに来たんじゃない。
「人気のエンゲージリングって、どれかな？」

　購入するのはプレエンゲージリング。
　プロポーズのときにエンゲージリングがあれば盛り上がり間違いなし。
　だが、もし贈った指輪が好みに合わなかったら？
　製造過程にアクシデントが生じて、プロポーズのタイミングに間に合わなかったら？
　そういった時にも重宝するのがこのリングである。
　気持ちを確かに伝えつつ、さらには『本番』の確約もできる。重すぎず、軽すぎず。信彦の悩みを打開するにはうってつけだった。
「サプライズですか？」
　店員の質問に当然、と信彦はうなずく。既に彼女の指のサイズも調べてある。
　予算は3か月分のアルバイトの給与、約15万。
　信彦は今回ばかりは、自力で稼いだお金で贈りたかった。
「承知しました。もうデザインはお決めに？」
　これには首を振る。詳しいことはプロに相談してこそだ。そのあたりは店員も分かっているのか、展示品の案内の後、パンフレットの方も見せてくれた。気を利かせたのか店員が離れて、ようやく伸彦は大きな息を吐き出した。
「……なんか想像してたのと、全然違う」
　指輪って、こんなに種類があったのか？
　信彦が思い描いていたのは、「婚約指輪＝一粒ダイヤ」の図式だった。てっきりダイヤの大きさやカットで値段が変わると思いきや、エタニティタイプだとかファッションリングタイプだとか、よくまあこれだけ細分化したものだと思うようなバリエーションがある。
　サプライズにふさわしいデザインというのもあって、かなり手ごろな価格はなぜかと見れば、
「ダイヤじゃなくて、クォーツなのか……」
　新たな世界に圧倒されていた信彦。そこで店員が戻ってきた。
「お気に召すものは見つかりましたか？」
「ああ、いや……最近の人気商品ってどれになるのかな？」
「そうですね。こちらのものが該当しますが……むしろ傾向としては、これらのデザインを取り入れたオーダーメイドが主流となっていますね」
「オーダーメイド？」
　てっきり既製品で良いと思っていた信彦だが、同時に納得もする。
　やはりオリジナルや、オンリーワンは大事だ。
　せっかくの気持ちも、誰かの二番煎じと思われては困る。
「じゃあ、俺もオーダーメイドで」
　この際、多少の出費は覚悟の上だ。信彦は渡された書式に要望を書き込んでいく。
　種類は、着けていて邪魔にならないフラットタイプ。リングのサイズも書き、当初の願望や展示品などから思いついた要素も記入していく。
　あとは……
　――これでまた、あの頃みたいになるよな？

　休日はバイクで遠くに行ったり、ちょっと馬鹿げたこともして。二人でよく笑っていた。
　最近ずっと見てない気がする、あの笑顔。
　その笑顔を思い浮かべながら、信彦は発注を終えた。

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