＜宝石人形＞紅玉ルヴィア｜リアクション

＜宝石人形＞紅玉ルヴィア

　　【火という名前のやまない雨】

　深夜。
　酔っ払いすらいないシーサイドタウンでは、今、道の真ん中を、そこらの幼子よりも小さい人影が歩いていた。

　深夜３時３０分。車すら通らない広い道で、ふとそれが立ち止まる。

　街路地の明かりが、うっすらと照らし出したその人影は、球体関節を隠す様子もないぼろぼろの服をまとった１体の人形だった。

　人形は賢かった。
　もう時間は忘れてしまったけれども、過去に大切な人が着替えさせてくれた長袖の服は見当たらなくて。
　半袖で表に出れば、きっと関節を人に見られて大騒ぎになるのが分かる位には賢かったし、太陽光で自分の身体が色あせてしまう事も分かっていた。
　
　その為の夜。心もとない夜道は恐いけれども、この先に大切な人がいる。
　退く事などは許されない。

「美奈……」
　呟きながら、手に持っていた小さな写真立てをアスファルトに置いて。
　人形は小さな両手を真上に掲げた。
　その手はまるで円を描き収束するように、自分と同じ大きさをした炎の弾を作り出す。

　瞬間、車すら稀な大通りに、人形の手を離れた真っ赤な炎が、高く上空へと打ち上げられた。
　それは花火大会の花火のように、ビルより高いところまで打ち上げられ、そして、複数の小さな炎の塊になって、花開くように地面に落ちていく。

「……毎日これだけ目立つ炎を上げているんだもの。
　変な力だし──この位しか、出来ないけれども……
　こうしていれば、きっと美奈も気づいてくれる。

　今は美奈の気配しか感じないけれど……少しずつ、近づいているのは分かるから。
　もっと近づいたら、きっと美奈だって姿を見せてくれる……」
　人形は自分に言い聞かせるように呟いて、置いていた写真を手に持ち、再び歩き出す。

　──その正面に。火花が散った後からの、人形の呟きを驚いた様子でじっとその姿ごと聞き見つめる青年がいた。

　人形は、一気に身を固くして、警戒心を露にして相手を睨む。
「──悪い。警戒させるつもりはなかったんだ。
ランニングの途中で……球体関節で、俺の知っている人形に似てると思ったら、つい見てしまって」
「……おどろかないの？　私のこと、気持ち悪いとか言わないの？」
「もう、人形が動いたくらいならこの島じゃ驚かないよ。

　こんばんは、何か探しているのか？」

　加奈──燃やし弾き飛ばしたドアを見た美奈の母親は、到底話になりそうにはなかった。
　人形は、初めてのきちんと会話が出来る人に遭遇したというように、動揺しながらも恥ずかしそうに、そっと写真の入ったフレームを差し出した。

　綺麗な細工の合間に入った埃で、放置度合いが分かる写真に僅かに驚きながらも、青年──御剣刀は、納得したように頷いた。
「この少女を探しているのか。
……俺の知っている人形──フローティアも夕日を見るのに一生懸命だったんだ。
　だからかな、何となく放っておけなくて。

　話して聞かせてくれないか。一緒に探そう。
　フローティアみたいに日の光が危なかったら、昼は俺の家にいればいい」

　人形を片腕に抱きかかえ上げようとする刀に、その腕に座るように、人形は居場所を落ちつかせた。
　やっと、存在している心地を得たと言わんばかりに、彼の知っている人形よりも、神魂の影響が強いのか、ずっと柔らかに動く表情に、安堵のため息をつく。
「──私は、ルヴィアよ。何で話せるのかも分からないけれども、今までのことは何よりも覚えているつもりでいるわ。
　そう……いなくなっちゃったのにも、ずっと押入れの中だったのにも、きっと事情があったのよ。美奈だから、動けるようになって会ってもきっと驚かずに……ううんっ、きっと喜んでくれると思う。
　だから。会えば、またきっと遊んでもらえると思うの！」

　そう告げながら、一人と一体は闇の中へ溶けるように消えていった──

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