【ハロウィン】寝子島ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

【ハロウィン】寝子島ハロウィン☆デイズ！

　ハロウィンの仮面舞踏会、華やかなその裏方で、安全を見張り、護っている人たちがいることを忘れてはならない。
　といっても彼らは、目立たぬようにして自らの職分を守っている。彼らの存在を意識せぬまま帰路につき眠ることができれば、来場客にとってはそれこそもっとも幸せなことだ。そもそも彼ら裏方スタッフの望みとは、来場者すべてがそうした幸せを得ることなのだから。
　架神十字もそうした裏方スタッフの一人だ。
　担当は医療、すなわち、急性アルコール中毒などの患者が出たときなどに備えて待機しているのである。

　そんな十字の控える救護所を、
「挨拶が遅れました。スタッフとして派遣されてきた者です。よろしくお願いします」
　と言って訪れたのは、やはりスタッフで給仕を担当している八咫鏡だった。
「子どもではないです。正式な星ヶ丘寮のスタッフです」
　問われるまでもなく鏡は身分証を提示した。どうやら、童顔を気にしているらしい。
「今夜は雇われではございますが、お客様が大いにお楽しみになられるよう、しっかりとお勤めする所存です」
「それはご苦労様」
　十字は鏡が男であろうが女であろうが、子どもであろうがそうでなかろうが構わないようで、そのあたりは軽く流して、
「ところで……君はハーディングという言葉を聞いたことがあるかい？」
　と問うた。
「ハーディング……？　寡聞にして知りません」
「そうか」
　十字は軽く座り直した。
「店に行列が並んでいると自分も並びたくなるだろう？　社会心理学や行動経済学では、食べるものや着るものを決めるときなど、他人の行動をまねることをハーディングという。簡単にいえば集団による同調だな」
「なるほど、わかります」
「また、自分の過去の行動をまねることを自己ハーディングという。……たとえば、気分がよくて高いコーヒーを買ったとしよう。次に店に行ったとき、そのときの感情は忘れていても、自分の行動は覚えているはずだ。だから、自分はこのコーヒーが好きなのだと認識して、それにふさわしい行動をとる……つまり以前と同じ決定を繰り返してしまうんだ」
「そういうことは、あるでしょうね。理解できます」
　いい聞き手に恵まれたとばかりに、十字はさらに饒舌になって続けた。
「さて一方でシグナリングというものもある」
　こういう社会実験があってね、と前置きして彼は語った。
「普段はコンサートホールで高価なチケット料をとり、演奏しているような著名なヴァイオリニストが、みすぼらしい服装を着て野球帽をかぶり、地下鉄でストラディバリウスを弾いたのだが、聴衆の大半は見向きもせず素通りしたそうだ」
「面白い実験ですね」
「同じ音楽でも服装や周囲の環境で、曲の印象が変わるということだな。これがシグナリングだ」
　ここからが本題、とばかりに十字は体を前に傾けた。
「自己シグナリングといって、自身の服装によって自分の行動が変わるということもある。これも実験なのだがね。
　同じ高級ブランドのサングラスを
　・本物と言って渡した場合
　・偽物と言って渡した場合
　・なにも言わずに渡した場合
　でそれぞれ試験を受けたところ、偽物と言われたグループは他と比べ、有意に多くずるをしたそうだ。偽物を身に着けているという意識が、自分は悪人だと思わせたのかもしれないな」
「ハーディングとシグナリングですか……勉強になりました」
「はは、そう畏まらなくていいさ。単なる雑談だよ。しかし傾聴、感謝するよ」
　それでだ、と言って十字は、こう話をしめくくったのである。
「ハロウィンで仮装する人たちには、どういう影響があるかな」
　悪魔的な仮装をしている人は、やはり普段より悪ぶっているのか。では天使の仮装をしている人は？　戦士や魔法使いは……？
　そういうことに興味があるよ、と十字は言うのであった。
　そんなことを考えてみるのもハロウィンの楽しみであろうか。
　読者諸氏にひとつ提案がある。余裕があれば一度、この視点で各参加者の行動を読み直してみてはいかがだろうか。