【ハロウィン】寝子島ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

【ハロウィン】寝子島ハロウィン☆デイズ！

　椅子代わりにしているのは、林檎の入っていた木箱、スケッチブックを腕全体で支えるようにして、クリーム色の紙に4Bの鉛筆を走らせていく。
　普段と違う町並み、普段と違う人々の装い、普段と違う、祝祭の空気。
　その瞬間をすべてパッケージングすることは、神ならぬ身にはできはしない。けれども絶え間なく流れる時間のある一部分を、切り取ることならできるはずだ。
　……といっても三宅葉月はそんな、使命感のような目的をもって鉛筆を走らせているわけではない。

　ただ彼女は、スケッチしたいからスケッチしている。それだけのことだ。
　いや、そもそもスケッチしたい、という動機があるかどうかも疑わしい。
　なぜなら葉月にとって、スケッチするのはもはや呼吸のようなものであるから。才能というのはそれに安住したらあっという間に錆びついてしまうので、葉月は最低でも一日一枚は、ラフでもいいから絵を描くことを自分に課している。
　とはいえ葉月も、この仮装パレードの登場人物であろうとしていた。ただの観察者、絵を描きに来ているだけの人間ではないつもりだ。それは、葉月にとって絵を描くこと同様、当たり前のことなのだった。
　この日彼女は、自分がデザインした衣装をまとっていた。
　中華風ロリィタ（QI LOLI）、それも吸血鬼風。アクセサリー類もそれに合わせたものを着用していた。
　白を基調に赤を要所に配した色使いは、この衣装がイメージさせる『死（白）』と『血（赤）』とを直接的に表すものだろうか。それとも、もっと抽象的に、この世とあの世にある幽玄の狭間を表現しているのだろうか。
　なおこの服装は、とある通販ショップの依頼でデザインしたものだ。このように葉月は、中華以外にもいくつか民族衣装をモチーフにしたアジアンテイスト＋ゴシックな衣装をその店向けに十数点デザインして、そのうちの十点程が採用されていくらかの収入も得ているという。
　このとき偶然、葉月の前を篠原翠響が通りかかった。
　翠響は楽しそうにしている。なにか、嬉しいことでもあったのだろうか。わきおこってくる喜びを隠せない、そんな様子だった。
　そうして、そんな翠響に、葉月のデザインした服は本当によく似合っていた。
　葉月は翠響に気がついたが、もちろん声をかけたりはしない。そればかりか、特に表情に出すこともなく、ただ、鉛筆を止めて翠響の背を目で追った。
　やがて翠響が見えなくなると、また葉月は黙って、スケッチを再開したのである。
　とはいえほんの少し、鉛筆が躍る動きは軽快になっていたかもしれない。