ホクホク！　落ち葉でおいしく焼きイモしませんか？｜リアクション

ホクホク！　落ち葉でおいしく焼きイモしませんか？

【秋が誘うトリップ】

　羽生碧南が『焼き芋の集い』の受付に到着した時、そこには先客がいた。
　宮司の装束を身にまとった零と、一緒に荷車を引いてきた時生である。二人は笑顔で会話を交わしながら、
受付の綾花が差し出すボールペンで、名簿に名前を書いている。
　碧南は軍手を持ってきていたが、零は忘れたようで、綾花が受付テーブル下のダンボール箱から軍手を出して渡していた。
（格好は宮司さんだけど、白い長髪と赤い目が素敵な美少女だわ……男装ヒロイン、なんて美味しい設定
なの！）
　零はれっきとした男性なのだが、碧南は盛大にカン違いをしていた。同行者である時生の性別はさすがに
間違わなかったが、別の方向に空想のスイッチが入ってしまう。
（眼鏡にオールバック……それに、日だまりのようなふわっとした笑顔……間違いない！　二人は
『紅葉くれない鬼恋し』のヒロインと攻略キャラの一人……！）
　碧南は頬を染め、ぐっと拳を握った。
『紅葉くれない鬼恋し』とは、ひと月ほど前に、彼女がクリアした乙女ゲームのタイトルである。
　現代の日本にひっそり生きる鬼と、代々鬼退治を生業としてきた人間の、恋と戦いの物語なのだ。
　男装のヒロインは鬼の一族ながら角が小さく、出来そこないだと爪弾きにされている。弱みを見せぬようにと
男装している彼女が、鬼退治の家柄に生まれながら、鬼を狩ることについて懐疑的な少年と出会う。互いの正体を知らぬまま恋に落ちる二人、という要素がシナリオの肝だ。
（逢瀬を重ねるうちに、二人は自らの想いを自覚するの……でもその時すでに……ッ！）
　少年の親友が鬼に殺され、二人は最悪の形で互いの正体を知ってしまう。
　愛憎のはざまで引き裂かれそうになりながら、刃を交える二人。ゲーム内屈指の悲恋ルートで、碧南は
ハンカチ片手にコントローラを握ったものだ。
「時生殿。荷車を一緒に引いてくれてありがとう。本当に助かったでござる」
「いや、お礼を言われるほどのことじゃ、ないよ」
「しかし、貴殿がおらねばこの量の落ち葉を運ぶことはできなかった」
「……どういたしまして」
　零と時生のなんということはない会話すら、碧南の目には乙女ゲームのフィルターがかかった状態で映って
しまう。
（あぁ、二人が楽しそうに会話してる！　あ、少年のはにかんだ笑顔は二回目のデートの時の……！）
　碧南は感動のあまり、拳をぶんぶんと上下に振り、ぴょんぴょん飛び跳ねる。あぁ、叶うならば幸せな二人を
ずっと鑑賞したい！
　――そこまで思った思ったところで。
「あの、碧南ちゃん？　碧南ちゃん？」
　羽生　碧南は現実に引き戻された。
　目の前には、心配そうな綾辻　綾花。
「えっ？　あ、あれ？」
　零と時生はというと、穴を掘ったりレンガを埋めたりの町長たちのもとへ落ち葉を運んでおり、もう受付にはいない。
「いきなりジャンプしたりして、どうしたんですか？」
「えっ！？　ううん、なんでもない！」
　碧南は開いた手を眼前で左右に振り、そそくさと名簿にペンを走らせた。
　――零を少女だとカン違いしたまま。

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