小さな夢を抱いて｜リアクション

小さな夢を抱いて

　夜が深まってきた。八神修の部屋にはたくさんの猫が放し飼いにされていた。各々が気に入った場所で丸くなる。
　遊び足りない数匹がハムスターの縫い包みを前脚で転がし、目にした別の猫が反射的に飛び付いた。少し大きめのカピバラは敷物として役立った。
　未だに活発的な猫達に修は腕の中に抱いた縫い包みを見せる。
「新しい縫い包みを買ってきたよ」
　猫は動きを止めた。さりげなく集まってきて修の抱えた縫い包みに目を向ける。威嚇する猫がいれば、瞬間的に前脚で叩く猫もいた。
　その反応を見て修は朗らかに笑った。
「猫や兎は平気みたいだね。虎と熊は少し怖いかな」
　修は部屋の明かりを消した。縫い包みを両手で抱えた状態でベッドに潜り込んだ。
「……夢に出るか。俺も酔狂だな」
　自嘲めいた笑みで修は瞼を閉じた。

　瞼を開ければ茶会に相応しい舞台が整えられていた。丸い切り株を囲んで動物達が陽気に語り合う。目を向けた先々で同じ光景が見られた。
　仕立ての良い白いタキシードを着た修は遠方に目をやる。
「森を切り開いて作られたようだ」
「八神様、お待ちしておりました」
　恭しく頭を下げたのは白い兎で黒いスーツを着ていた。
「君は俺が買った縫い包みの兎なのか？」
「その通りでございます。八神様の席にご案内致します」
　席に向かう途中、修は動物達の様子を窺った。
　巨大な皿に盛られた草にカバが直に口を付けていた。シマリスが切り株の上に乗って忙しなく口を動かす。
　修の眼付きが鋭くなる。
「君達にはマナーと」
「こちらが八神様の席となります」
　兎の声に引き留められ、ありがとう、と修は返して席に着いた。
「ここもか」
　修の正面には虎と熊がいた。どちらも手掴みで食べていた。
「俺がマナーを教えてやる」
　勢いよく立ち上がる。虎と熊の動きが不自然に止まった。注目を集めた修は懐に両手を入れると切り株にフォークやナイフのカトラリー類をずらりと並べた。
「俺の購入した縫い包みが、そのようなマナーでは困る。コースの場合は外側から使っていく」
　修はナイフとフォークを手に持った。
「ソースがなんだ？」
　虎は前脚で髭を撫でる。隣にいた熊は咀嚼しながら、わからん、と太い声を出した。
　修の苛立ちは募り、目にしたフルーツの乗ったカナッペを摘まんで口の中に放り込んだ。
　一息の間を入れて話を続けた。
「ナイフは右手。フォークは左手で、肉を切りながら食べるんだ」
　想像上の肉を切り分けて口に運ぶ。虎と熊は顔を見合わせた。そんな物は食えない、と口を揃えて言った。
「いや、違う。これは食べる道具で、実際に道具を食べる訳では」
　虎と熊は呆れたように顔を振ると手掴みの食事を再開した。
「なんか精神的に疲れた」
　癒しを求める目が愛らしい猫を見つけた。足元に擦り寄ってくる。修は抱き上げて頭を撫でた。
　虎と熊が揃って、食べるのか、と聞いてきた。修は目を丸くして猛然と頭を振る。
「な、なにを言い出すんだ……まさか――」
　周囲の猫達が尻尾を太くしてにじり寄る。修が言葉に迷った瞬間、一斉に飛び掛かってきた。
　修は猫に塗れた。騒動を目にした猫が興奮して飛び乗る。次々に群がって、待ってくれ、と叫ぶ声もどこか遠い。
　仲良くなった兎と一緒にいた詩歌が遠巻きに見ていた。
「私達も楽しく遊ぶの、なの」
　猫のクロとシロに笑い掛けた。

　ベッドで目を覚ました修は項垂れた姿で座っていた。
「酷い目にあったよ」
　掛布団で丸くなる一匹の猫の頭を撫でた。
「おまえ達なら、俺の気持ちをわかってくれるのに」
　撫でていた手が止まる。ベッドの上にいる猫の多さに、ふと考えが過った。
「もしかしておまえ達も夢の中に――」
　修の声を猫達は目を細めて聞いていた。

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