浮かぶ手も借りたい！｜リアクション

浮かぶ手も借りたい！

☆体育用具室の整理

「９……これで１０ｍだな」　
　寝子高校舎裏で、八神修は大型巻尺を引き出していた。
　新聞部長としてのイメージが強い修だが、今年作ったばかりの射撃部の部長も務めている。
　練習場所は校舎の裏に手作りだ。
　的を設置するために大型巻尺で１０ｍの長さを計ろうとしていたが、そのためには端を押さえておく必要がある。
「一人ではどうもやりにくいな……」
　何かうまいやり方はないか、と考えつつ作業をしていると。
　不意に、修の右手が肘から離れて浮かび上がった。
「手が取れた！」
　普段冷静な修もこれには一瞬ギョッとする。
　だがすぐに苦笑した。
「ああ……また神魂か」　
　少し考えた修は、巻尺の端を右手に持たせて歩き出す。
「丁度良いな」
　そのまま１０ｍ計って左手で的を設置し、簡単に作業を終えることができた。

　体育館にある体育用具室に巻尺を片付けに行くと、中でゴソゴソ動いている大きな背中を見つけた。
　背中の主に気づいた修が声をかける。
「こんにちは、吉田先生」
「八神か。いいところに来た」
　こちらへ向き直った吉田熊吉先生が汗をぬぐった。
「整理整頓を手伝ってくれないか。大きな物を運ぶのはいいんだが、細かい片づけをするのがどうもな……」
「わかりました」
　口には出さないが人に頼られるのが好きな修は、喜んで先生の頼みを引き受けた。
　まずは転がっているボールを籠に入れていく。
「マットも一度出して積み直したいですね」
「うむ、そのほうが綺麗になるな」　
　マットを積み直していると、陰にかくれていたボールが転がり出てきた。
「あれー？　ボールだ」
　どこかで聞いた声だ、と思ったら、同じクラスの野々ののこが顔を覗かせた。
　外に転がった新体操用のボールを持っている。
「修くん、クマ先生、何してるの？　何このボール」
「野々か」
「ちょっと体育用具室の整理をな。先生に頼まれたんで。それは新体操用のボールだな」
「へー、面白そう。よっと」
　見よう見まねで新体操のポーズをとるののこだが、ボールは落ちてコロコロ転がってしまう。
「遊ぶのはほどほどにして、そのボール放ってくれないか」
「はーい。とりゃー」
　振りかぶって新体操用のボールを投げようとするののこだが、球はすっぽ抜けて床に転がった。　
「ありがとう」
「どういたしまして。あれー？　あんなところにもボールがあるよ」
　ののこの指さすほうを見ると、体育館天井の梁に軟式テニスやバスケの球が挟まっていた。
「普通にやったら取れないな……」
　少し考えた修は、テニスボールとラケットに目を向ける。
　その間にののこは先生に向き直って話しかけていた。
「ねえ先生、壁に張り手したらあれ落ちないかなー？」
「いくらなんでも無理だ」
　苦笑する吉田先生に、
「えー、やってみなきゃわからないよ」　
　なおもののこが話しかけている。
　２人の注意が逸れた隙に修は手を飛ばしてヒュパッ！　とボールを外し床に落とす。
「あれー、落ちてきた？」
「八神、お前何かやったのか？」
　すでに手を戻した修は、テニスボールとラケットを掴んでいる。
「これを打って当てて落としました」
「何、本当か」
「えー、すごい！」
　あっけに取られる二人に、少し照れながら修は話をそらす。
「射撃部の部長だしコントロールには自信有るからな。さて、次は跳び箱をきちんと並べましょうか」

　用具室は綺麗に片付いた。
「助かった。二人ともおつかれさん」
　吉田先生の労いに修は答えた。
「どういたしまして。おつかれさまでした。野々もありがとう」
　修は手伝ってくれたののこと話しながら戻っていく。
「すごいねー、射撃部、だっけ？」
「うん。射撃部なんだ。ビームだから安全だし楽しいよ。いつでも体験歓迎だよ」
　部長として勧誘を忘れない修だった。