浮かぶ手も借りたい！｜リアクション

浮かぶ手も借りたい！

☆忘れ物を取りに

　寝子島スポーツセンター内の体操クラブの練習日。
　中学二年の篠原翠響は練習用のレオタードを着て、その上にＴシャツを着た。
　ポニーテイルにしていた髪のリボンを解いて、手早くアップに纏め直そうとしたとき。
「ゲッ。あー！」
　可愛い顔に似合わない言葉と共に翠響の表情が一変した。
「どうしたの、翠響？」
　隣のロッカーにいた少女が尋ねる。
「……髪留めがない！」
「あら、忘れちゃったの？」
　軽くショックを受け、翠響はこぼす。
「まいったなー、お気に入りだったのに。花をあしらったきらきら光る可愛らしいデザインでさ。今日の練習はそれつけたい気分だったのに」
「残念ね、コーチは時間にうるさいからねー。この次にしたら」
　と言って、着替えを済ませた仲間たちは更衣室を出て行った。
　確かに今からマンション最上階の自宅へ取って返す時間なんてないし、遅刻したらコーチに厳しく怒られるのが目に見える……
　翠響はげんなりする。
「テンション下がったままで練習だなんて……最悪じゃん！」
（あたしがもれいびだったらすぐにでも取りに行けるのに……）
　前にもここで、「もし、もれいびになれたら……」という話題が出たことがあって、ジャンプ力と滞空時間が伸びればいいかなーなんて考えてみたことがあった。
　と、虚空に手を伸ばせば……肘から先が消えた？　
「え？　なんで？　どうして？」
　と動揺する彼女の脳裏に、１０階にある自分の部屋の光景が浮かんだ。
（あ、お気に入りの髪飾り！）
　机の上に確かに見えている。
「え、やだ、手を伸ばしたら取れる？」
　そろーっと手を伸ばして……手に髪留めの感触が触れる。そして……キャッチ！
　気が付いたら手は元に戻っていて、髪留めを掴んでいた。
「え、うそ……もしかしてあたし、もれいびになっちゃった？」
　少し呆然とした翠響だが、急いで髪を纏め始めた。
（これって、練習中に手を伸ばしたらまた消えちゃったりしないかしら……）
　ちょっと不安になりつつ急いで練習へ向かう。
「あれ、翠響その髪留め……」
　さっきの少女に聞かれ、ぎくりとしたものの、
「あ、よく見たらバッグに入ってたの」
　とうまくごまかした。
「よかったねー」
　そこへコーチが入ってきた。
「さあ、始めますよ」
　幸いその後は手を伸ばしてもなんの不思議もおこらず、翠響は気持ちよく新体操の練習に専念できた。
　

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