アイス塔・その２

◆
「まったく、何なんだこの煙は」
奈良橋 博美は、少々辟易した様子で顔をしかめた。
何処の誰だか知らないが、迷惑なことをしてくれる。
「皆、こっちだ！」
煙が少しでも流れてこない方向へ誘導しようと、博美は声を張り上げる。

山田 勘三郎は、あえて博美の教えてくれたルートから外れ出た。
「雪女のくせにおめぇら、なんで揃いも揃ってそんなきったねえ面してやがんだよ、えぇ？　ゴリラみてぇなのも居るしよぉ、ホントは女装した雪男じゃねえの？」
白煙のちょっとした切れ間から、塔の上部の雪女達に向かって叫び続ける。
雪ゴリラ、ではなく雪女達も流石にカチンと来た様子。
勘三郎目掛け、恐ろしい勢いで氷が吹きつけられた。
「うわ寒ッ！　幽霊だけど寒いッ！！」
氷は通過していくだけだから痛くない。が、めちゃくちゃ寒い。
物理攻撃が透過するだけでも、決して寒さまで全て無効化できるわけではないのだ。
不意に吹き付ける氷が弱まる。
澪乃 澄佳が、『空飛ぶ散歩のお時間です。』で浮かせた氷の板を、勘三郎を守るように割り込ませていた。
「か、勘三郎くん無理しちゃダメだよう」
「す、すまねえ先輩！　だけど大丈夫だぜッ！」
そう、大丈夫だ。
澄佳をはじめ『寝子島飛行部隊』の仲間達、そして他にも同じ目的の皆が居るのだから。
「たぁーっ！」
羽織った布を翻し、鴇波 羽衣が雪女を思い切り突き倒す。
勘三郎に気を取られていた雪女は、なすすべなくひっくり返された。
「ちょっと大人しくしててもらえるかな」
そのすぐ近くでは、音羽 紫鶴が剥いできた巨大クッキーで雪女を小突いてノックダウン。
少しずつ、しかし確実に雪女を止めながら進んでいく。
それに気付いたカラスが、羽衣や紫鶴へ嘴を閃かせ突撃。
そこへ澄佳が氷の板を飛ばし、くるくると円を描くように回して侵攻を妨害。
動きが止まった隙に、博美が勢い良く体当たりしてたたき落とす。

そのうち気づくと、白煙は晴れていた。
しかしその大元である虹子は、未だに衛の幻覚に囚われたままだ。

◆
フィーナ・シレンツィオが『ヘイル・リンクス』で氷を操作。
氷の猫が、伏せて爪を立てるような体勢で壁にしがみつく。
その状態でろっこんを解除すると、氷の猫はそのまま足場に姿を変えた。
「そこの山羊男！　足場作ってやったぜ！」
「おっと、ありがと雪女のねーさん」
山羊男――ユーリ・ロッソ・ネーモは、蹄でしっかりと氷を踏みしめて跳ぶ。
『ヘイル・リンクス』の猫がまた一匹氷の凹凸に姿を変え、それを掴んで更に登る。
そのうちに、ユーリはカラスと出くわした。
不運ないけにえの山羊を見つけたとばかり、勢いづいて襲いかかってくるカラス達。
しかし、それは彼にとっては脅威ではない。ただ、「攻撃してくるうえにうるさい黒いの」でしかないのだ。
「うざい！」
勢いをつけてカラスに跳びかかる。
思いっきり踏みつけて、その勢いでさらに跳びあがった。
「よーしもっともっと踏んづけてやる！　蹄だからいったいぞー！」
「『ヘイル・リンクス』、一緒にカラスを叩き落としてやれ！」
フィーナの声に応じて、氷の猫達がカラスに襲いかかる。
あるいは体当たりし、あるいはかみつき、あるいはひっかき、カラスを落とす。

「～～♪」
ふよふよと吹き抜けを飛びながら、日々野 結衣香は口笛を吹く。
ポピュラーな時代劇の主題歌であるその音色に誘われ、名も無き武士――ござるさんが召喚された。
「ござるさん、あっちの雪女を倒してください」
ござるさんは一つ頷くと、結衣香の求めに応じて雪女に突撃。
勢いをつけての体当たりは、２、３人の雪女をまとめてぶっ倒していく。
「その調子ですござるさ、って後ろ！」
ござるさんの背後、隠れていたと思しき雪女が氷を叩きつけようとしていた。
ちょっとした衝撃で倒れる雪女も、幽霊である結衣香にはそも触れられない。
つまり、防ぐ手立てが――
「あっ」
少し気の抜けた声がした。
ござるさんと雪女の間に、氷の壁が出現。
ござるさんを襲うはずだった氷は壁に跳ね返り、創りだした雪女自身を倒してしまう。
「手元が狂っちゃった……けどむしろ良かったのかしら」
純白フレームの眼鏡のズレをなおし、三夜 深夜子はあははと頬をかいた。

シダ 美穂戸が変身したサオラが、深夜子の作った氷の壁を蹴って駆ける。
「シダダダダダダ！」
掛け声とと共に、氷の壁へキックのラッシュ。
勢いをつけて、一気に跳ぶ。蹄鉄と氷でできたスパイク、それと澪乃 澄佳から聞いた氷の上の歩き方のおかげで滑り落ちることもない。
サオラに騎乗しているのは、バニー・オークレイ。
「ゴーゴー！」
氷の塔を駆け上がるという不安定極まりない状況ながら、しっかりとサオラを乗りこなしているのは流石と言うべきか。
「カラスなんか私の蹄鉄投げの敵じゃないわ！」
「アホーグェッ」
行く手を阻むカラス達は、蹄鉄をぶつけて叩き落としていく。
「バニー、すごいな。ホントのカウボーイみたい」
ふふん、と得意気に笑みをこぼすバニー。
しかし突如吹きつけた氷に、その笑みは文字通り凍りついた。
「バニー大丈夫か」
「雪女でも寒いものはベリー寒いのね……」
シダが氷をやりすごせる場所を探そうとする最中、横合いから割り込んできた炎が音を立てて氷を溶かす。
「大丈夫かい」
仮面越しのくぐもった声――灯 斗南が、その手に炎を携えて問う。
「カムオン、助かった」
「オーケー、サンキュー」
「ああ良かった、大事には至ってないみたいで。でも先も心配だし、俺も一緒に行くよ」
こうして、炎使いの援護を受けてバニーとシダは塔を登っていく。

その下方では――
「ええい、このままじゃ何もわからねー。どけ、カラスに雪女！　俺は進まなきゃいけねえんだ！」
『超人化』で筋骨隆々の猿と化した雨垂 ミゾレが、カラスを掴んでは雪女に投げつけて螺旋階段を突き進んでいた。

「シカに乗ったカウガールの危機に、颯爽と現れる炎を操る仮面のヒーロー……。そのままだと流石に使いドコロが限られるが……ガワを変えればなんとか、いけるか……？　ムキムキの猿は……なんだろう、動物パニックもの……？」
山野 無花果は、ブツブツ言いながらメモを取っていた。
ちなみにこのメモ、さっきからこの塔で見たもので中はびっしりである。
些細な行動が、意外なところでネタとして使えるかもしれないのだ。
逃す訳にはいかない作家根性である。

◆
おっかなびっくり、涙目になりながら勅使河原 悠は階段をすり抜けて顔をだす。
ぐるっと周囲を確認し、
「……！」
雪女と目があった。しかも、たくさん。
氷を吹かれるまえにあわてて頭を引っ込め、仲間たちに伝えた。
「上に、雪女、が……たくさん、居ます……！」
悠の報告に、ロベルト・エメリヤノフが難しい顔をする、
「一人なら隙を衝いて倒せるかもしれないけど、たくさんか。どうしようね？」
薄野 九月が、閃いた様子でぽんと手を打つ。
「雪女さん、あのキョンシーさんのくしゃみで転ばせられないかな」
串田 美弥子のくしゃみである。
「それは名案でございますね。ちょうどいらっしゃるようですし」
丁香花 リラが手で示す先には、件の美弥子と伊賀 解理が居るのが見える。
さっきから解理が『代理告白』のビームでカラスをぶっ飛ばしていたので、よく目立つ。
九月がしっぽを上手に使って移動し、解理と美弥子の元へ。
「あの、キョンシーさん。くしゃみで雪女さん達を転ばせてもらえませんか？」
解理の貼った符に『黙って』の一語があるからだろう、美弥子は無言で頷くと解理の白衣の裾を引っ張った。
「何、符を？　……そういうことなら了解した。飛ばされないように気をつけてくれよ」
ぴっ、と符が剥がされる。
瞬間、
「はっ……くしょんッ！」
『春一番』が吹いた。
すごい勢いで塔を突風が駆け抜け、覗いていた雪女達をボウリングのピンのようにこかしていく。
「ストライク、だな」
呟いて、解理は符を貼り直した。