【暴れる触手！　らっ倫の危機！】

　教室から、とても全年齢対象とは言い難い擬音やらいけない声やらが聞こえてから数分が経過した。
　筆を走らせたい。しかし、何よりらっ倫により、前触れもなくいきなりポルノ的リアクションを人様の目に晒す事など決して許される事ではない。

「なんだ？　この教室だけピンク色の気配が──」
　そこに通りかかったのは、部活に行く途中だった桐野 正也。
　通りかかったというより……通り掛ってしまった、が正解だろうか。
　そして、教室を覗き込んで……絶句。

　触手の生贄になった女の子はもう悲鳴が上げられる状況ではなく。
　壁端に張り付いている女の子は、もはや声すら出ない状況。

「…………」

　触手側と、壁際。そして再び透明ながらも、縛られ超絶アピールされている爆発的な胸やら、くびれのある腰が強調されたその様子で、女の子達が濡れた何かに拘束されている事は、ガン見してしまった正也には一発で分かった。
むしろ、分かってしまった。

「『すまんが男は帰ってくれないか！』」

　──これは、間違っても『ナンパな男に絡まれた女性を救う為に、敢えて男の両手を熱く取り同性愛的なニュアンスで女性に叫ぶという、極めた紳士の言葉』等ではない。
　純粋、生粋に使用された朝野 未沙の本音である。

　その言葉にハッとしつつも、目に入ってしまったまま、正也はいけないぬるぬるに塗れた女の子達の姿を思う。
「…………」
　思わず浮かぶ脳裏の映像。
　水も滴る可愛い美女達
　──水着姿なんか目じゃない制服濡れの色気──！

「(これは……ヤバイ……！)」
　それをトリガーに、正也のろっこんが発動した！

【発動条件】心の中でヤバイと考える
【能力】その時思っていたことが背後にフキダシで出る。煙のようなもので叩けば消える

　正也は、背後にポンポン多発しているピンク色の色々な噴出しの気配を察した。
　その内容も、もちろん未沙が遠慮なく美味しく頂こうとしていたまさにいけないシーンの真っ只中──！
「うわああああっ！！」
「先輩！　見所ある！！」
　サムズアップこそ出来ないが、触手の動きを止めた未沙が褒め称える。
　もちろん、そのろっこんを目撃してしまった教室中の女の子はその噴出しに目が釘付けになる。
　噴出しを叩いて消しても時既に手遅れ。
　非業なろっこんを持ったとしか言い様の無いK.O.F(キング・オブ・不憫)はまた一つ、女の子達の目線によって、不憫極まりない伝説を作り出してしまったのである。

　そして、そんな事をやっている最中。目線が変わった未沙は、ついに壁際の女子に狙いを定めた！

「みぃつけた♪　新しい女の子ー！」
「ヒッ！」

「──大変です！　ござるさん召喚！！」

　教室に飛び込んできた影が、かの一世を風靡した『８代目あばれんぼう徳にゃが将軍』をテーマにした口笛を吹く。
　その瞬間、その場に現れた甲冑を着込んだ謎の武士が、呼ばれた事態を即把握したかのように、伸ばされた見えざる触手の全てをことごとく切り落とした。

　少女の名前は、日々野 結衣香。
　この瞬間の発動ろっこんは以下の通り。

　【発動条件】口笛で時代劇の主題歌を吹く
　【能力】戦国時代の名もなき武士が現れる


　そして“ござる”さん、と呼ばれた武士は、そのまま一気に未沙の方へ駆け寄り、両手足の触手を一気に切り抜いた！

「ああ、新たなる生贄の可愛い女の子が来たのにっ、触手がーッ！　触手がぁーッ！」
　結衣香のろっこんで未沙の触手はざっくり切り捨てられた！

　触手って手と足じゃないの！？
　大丈夫！

「う～あ～、やられた～…」
　ろっこん切れで元に戻った未沙にはきちんと手足がついている！
　さすがコメディ！　結果よければ全て良し！


「ひ、酷い目にあったぜ……」
　触手から解放された吉祥寺 黒子が、涙目……むしろ、本当に泣きそうになりながら立ち上がる。
「だ、男性向け１８禁を否定するわけじゃないけど……乙女の夢が壊れる……！！」
　ぜーぜー言いながら立ち上がる羽生 碧南。そして硬直したままの、赫乃と綾花。

「こうしちゃいられない！先輩に愛の手紙を！」

　しかし、叶寿里の立ち上がりは恐ろしいほどに早かった。
　ラブレターを握り締め──しかし、恋の情熱を燃やし立ち上がった彼女の額にゴム製のダーツの矢が当たり、まだよろけていた彼女は後ろにひっくり返る。

「…よォ、大丈夫か？」
　それを実際に見た黒子は、ほぼ確実に“ろっこんである”という思いに至りながら、寿里に事情を聞いた。
　──曰く、恋焦がれる先輩を思う度に、何かしらの酷い目にあっていると言う事。
　ほぼ確実から、確信へと変わった黒子は思いつめた様子で寿里に話し掛けた。

「……信じるかどうかは別だが一つ、俺から残念なお知らせがある。
　あんたは恐らく『もれいび』だ」
「もれいび……って、あの噂のですか！？」
「ああ、けど……もれいびには何かしらの必ず１つだけ、特殊能力がある。
　あんたの場合は、憶測だがおそらく──『恋心を抱く度に不幸になる』能力だ」
　寿里の顔が真っ青になった。
　ちなみに、寿里のろっこんはこうなる。

　【発動条件】恋心を抱く
　【能力】ちょっとした不幸な出来事が起こる


「……あんたはそれでもその恋を叶えたいのか？」

　しばしの沈黙──そして響いたのは笑い声……！

「──ふっ、はは…！　はい、上等じゃあないですか！
　叶えたいです！　今まで程度が恋の試練！？　ぬるい！　ぬるいです！
　告白出来るなら、割腹自殺から、アルコール度激高のお酒ボトル一気飲み(有名な舞台劇の効果『死ぬように眠る』ではなく『眠るように死ぬかもしれない』)まで何でもやります！！
　死ななければ安い！」
「やったら死ぬぞ！　死ぬんじゃねぇー！！
　……とりあえず、あんたが一途にそいつを想っているのはわかった。
　よし、決めた！俺はあんたの事を応援しよう！」

　そう告げるやいなや、寿里の手を取り真摯に見つめて「幸運」と刺青を彫られた舌を出す。

「あんたは『幸運』だ」

　黒子のろっこん発動！
　【発動条件】対象を想いながら「幸運」と言い、舌を出す
　【能力】対象に幸運を与えるが、代償として後に自身に同等の不幸が襲う

　黒子は躊躇いなくそれを実行に移した。それを──最初の一回にプラスして１４回分も。
「よし、言って来──！」
　その瞬間、黒子と寿里の目に入った光景は、

「はっ、あなたは昨日夢の中で現れた、猫の化身だと言っていたご先祖様！　助けてくださったんですね！
　……柔らかくないけれども嬉しいです！！」
　恐怖から解放された反動で、大混乱の末に泣きながらござるさんに抱きつき、柔らかさまで追求する綾花と震えの止まらない赫乃。
「違いますっ。ござるさんは多分違います～」
　結衣香がおっとりしつつも、慌てて告げいる光景。

「は……っ、私も先輩にあんな風に抱きついてみたい……！」
　寿里の脳内で再生された映像で──早速幸運『-１』

　そして、不幸を受け持つ黒子の胸元に、ポトリと何かが落ちた。
　それは──元気に動き回る蟻さん１匹(不幸『+１』)
「ヒィイ！　何か入った！！　た、助け…！
　──いや、あんたら！　叶を任せた！　頼むっ、叶を引っ張って早く行けぇっ！！」


　黒子の最後の叫びは、戦士の断末魔のようだった。
　それに我に返った教室内の一同は黒子と、気絶した未沙を覗いて全力で寿里の手を引いて走り出す！

「よし！俺も２-３の教室へ用があるからついていこう！」
　桐野 正也──彼には、過去に片想いしていた女友達の恋愛を応援するという不憫かつ切ない経験があった。その為、寿里の報われなさが良く分かる。
　可能であれば、出来れば陰ながらに応援したい。可能な限り彼女に自力で達成したという想いを味わって欲しい。
　それを願い、敢えてぼかして言った正也への、女の子達の目線は、触手事変で絶対零度的に凍り付いていたが、正也は何とか涙で我慢した……！