水曜日の教室｜リアクション

水曜日の教室

　廊下でよそ見していたという女子生徒は、１年１組の屋敷野梢。
　きょろきょろきょろ。
「ほんの少し目を逸らしただけなんですけどねー」
　彼女は人を探していた。
　訳あって、同じクラスの瑠璃条ベガを。
　放課後に話しかけるつもりが、というより「ベガさーん」と呼ぶ寸前で、中庭をとぶ珍しい蝶に気をとられている“ほんの少しの間”に見失ってしまったらしい。
　梢がハッと我に返って教室内を見渡すと、大勢いたはずの生徒は全員いなくなって、ただ１人御剣刀がぼーっと座っているだけだった。
　ほんの少しの間に、生徒がみんな姿を消すとは不思議なこともあったものだ。
「剣道部、今日は部活ないんですかー？」
「……ん、何」
「あー、いや部活ないのかなー、どうしたのかなーと思いまして」
「あるけど、ない」
　どっちなのかわからないが、席を立とうともしない刀。
「屋敷野は？」
「ないけど、あることにしておくみたいなー」
「なんだそりゃ」
　まったくよくわからない２人だ。
「ベガさん、どこ行ったか知ってますかー？」
「瑠璃条ならあっち行ったの見たけど」
　梢は礼を言って出て行き、刀は１人残った教室で静かに目を閉じた。

　梢は廊下へ出ると、こんなことをしてる場合ではないと焦りだした。
　ベガを探さなくてはいけないのだ。
　といっても、それは彼女のためというより、幼馴染みの八十八旗信彦のためだった。

　時は遡って、昼休み――
　中庭で珍しい蝶を見かけた気がした梢は、じっと周囲を観察していた。
「キノコやーい。いい男ならこっちだぜ？」
　背後から呼びかけられるが、慣れたもの。
「はいはい」
　と振り向きもしないで蝶を探しながらの対応だ。
「いや、ちょっと相談なんだけどね。ベガちのことでね」
　梢が蝶を探しながら聞いた話によると……
　信彦は恋人の瑠璃条ベガと、浮気疑惑が原因でケンカ中とのこと。
「ああ、アレですか、相手のいない私に痴話喧嘩を見せつける魂胆ですねー？」
「いやいや待って」
　と粘る信彦の話によると……
　本当の原因はベガが抱えているであろう“不安”らしい。
　不安を払拭するためには“安心”が必要らしい。
　安心できるアイテムは婚約指輪らしい。
　サプライズで指輪を贈りたいが、サイズがわからないらしい。
　知りたいらしい。
　ベガと同じクラスの梢にさりげなく調べてほしいらしい。
「ふーん」
　と梢がようやく信彦に振り返ると、すっと掌を上に向けて突き出して、
「はい」
「はい？」
「ひこにゃん。人に頼むときはほら、わかるでしょう」
「え？」
「優しくて可愛い幼なじみの梢さんが手伝ってあげよーって言ってるんですから、ほら、ね！」
「まさか……？」
「とっととマネーを出すのです！」
「えっ、マネー？　お金がいるのかっ！？　……いや、背に腹は代えられないしなぁ」
　信彦は渋々お金を出すと、梢の掌に乗せて両手でぎゅぎゅっとつかむ。
「お願い……します……」
　お金持ちだけど、この件でお金を払うことに抵抗のある信彦はなかなかお金から手を離さない。
「はいはい、はやくその手を離してくださいー」
　とぶんぶん振る梢。
　その２人の様子は、まるで手を繋いでルンルンしているようだった。
　きっと誰かが見ていたら、付き合って２週間目の浮かれた恋人のように写るだろう。
　たとえば北校舎から南校舎へと渡り廊下を移動していた瑠璃条ベガは、あまりよい気分はしなかったであろう……。

　――時は戻って、放課後。
　梢はそんな事情で、ベガを探しているのだった。
　１階の教室をすべてのぞいてまわって、５組では女子生徒数人に囲まれて勉強を教えてる八神修を発見して聞いてみるもわからず、あっちですかねーと別の場所へ向かった。
　入れ違いにトイレからぴょーんと出てきたベガには気づかなかった。

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