桜並木の商店街｜リアクション

桜並木の商店街

◆
境内奥の花見会場に比べれば、いくらか静かな拝殿前。
風宮悠は一人神頼みの真っ最中だった。
（頭痛がおさまりますように……）
入学してからというものの、原因不明の頭痛に見舞われ続けている。
それを祓えるようにと参拝に来たわけだ。
「お願い事、叶うといいですね」
悠が振り向くと、少し後ろに巫女服に身を包んだ御鏡聖の姿があった。
「はい……。御鏡さんは、神社のお手伝い……ですか？」
「ええ、花見会場のお掃除をと思いまして」
なるほど、聖の手にはゴミひろいとゴミ袋が握られている。
「巫女さんも大変……ですね」
そうでもないですよ、聖が笑う。
「頑張って……。それじゃあ、また……です」
小さく手を振り、悠はそのまま出店の立ち並ぶ商店街へと足を進めていった。
その背中を見送ると、聖はまたゴミ拾いに精を出し始めた。
しかし、拝殿側は花見のメイン会場ではないからかだろうか。あまりゴミは落ちていない。
早々に、主戦場たる境内奥へと戻ることにした聖だった。

◆
花見会場。
花見そっちのけで酒をかっくらう大人たちの中で、屋敷野梢は奮闘中だった。
「あ、おじさん、真っ赤になってますが大丈夫ですかー？　序の口って…ほ、程々にしてくださいよー。と、取り敢えずー、はい、お水どーぞ！」
水を受け取り、礼もそこそこに口をつけるおじさん。
春のうららかな陽気、そして酔いそのもので気の大きくなった大人達はずっとこんな調子。
子供は世話が焼けると大人は言うが、現状を見れば大人だって同じである。
「まったくー。皆さん手がかかるんですからー」
息をつき、ひとりごちる梢。その時、彼女は視界の端を一つの影が横切るのを捉えた。
和服に灰色の天然パーマ。逆巻天野だ。
梢の中で、むくりとお祭りに行きたい気持ちが頭をもたげだす。
しかし、祖父達の世話を放り出すわけにもいかない。でも、お祭りにも行きたい。
そんなせめぎ合いが、顔に出ていたのだろうか。
「大丈夫ですか？」
戻ってきていた聖が、少し心配そうに声をかけてきた。
「あ、いや、えーとー……」
適当にごまかしてそうとして、ぱっと言葉が出てこず詰まる。
「あ、もしかして……お祭りの方に？」
その間に図星をつかれ、一瞬固まる梢。何故ばれたし。
「お世話なら、代わりますよ」
元々、お掃除の為に辺りに居るつもりでしたしと微笑む聖。
そんな彼女の申し出に、梢も思わず笑みをこぼす。
「あ、ありがとーございまーす！　じゃあ、行ってきまーす！」
聖と酔いどれ達に見送られ、一目散に駆けていく梢だった。
さて、一方の天野はと言えば。
人ごみできるだけさけながら、自分のペースでのんびり祭りの街を歩いていた。
「食べ物は……どうしようかな」
あまり興味はないけど、祭りに来れなかった友人へのお土産に何か買っていってもいいかもしれない。
誰かその手のものに詳しい人でも居れば、と思いつつ歩いていた彼の目にとまったのは、森色の髪をした常葉治だった。天野に気づくと、おっとり会釈を一つ。
治の前の長机には、容器に入ったお好み焼きと焼きそば並べられている。
「常葉も、お店出してたんだ」
「はい、旅館のＰＲも兼ねて」
にこやかにほほ笑む治。
何を隠そう、治は15歳にして料理旅館『薫風常葉』の若女将でもあるのだ。
「……ってことは、このお好み焼きと焼きそばは旅館で出してるものだったりするのかな？」
「ええ。ルームサービスのお夜食でお出ししているものです」
「じゃあ、一つずつもらっていいかい？」
料理旅館の夜食なら、きっと手堅い。
「勿論です。お買い上げありがとうございます」
礼を言って歩き出し、この後はどうするかと思案を巡らせる。
一通りは回る気でいるが、どうせなら誰かが一緒なら……。
「あ、あのー！　逆巻君、こんにちわー！」
後ろからの声に振り向けば、そこには屋敷野梢の姿。
花見会場から出てきてやっと追いついたのだろう、微かに息が上がっている。
お互い、そのことは大して気にも留めない。
「あ、屋敷野も来てたんだ」
「はい！　逆巻君、お一人ですか？」
「ああ、そうだけど」
梢が、手をきゅっと小さく握りしめる。それは全くの無意識のうち。天野も気づくことはない。
「あ……あの、よかったら。一緒にお祭り回りませんか？」
花びらが、二人の間でひらひらりと宙を舞う。
「丁度、誰か一緒に回ってくれる人居ないかなって……思ってたところ」
一枚、音も無く舞い落ちた。

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