今朝、曲がり角で｜リアクション

今朝、曲がり角で

　chapter.5　朝野未沙と鈴原天音の場合　

「わーん、遅刻だ遅刻ー！」

　鈴原天音は準備もそこそこに、大慌てで家を飛び出た。
　トレードマークのアホ毛が、風に揺れながらいつも以上にぴょこぴょこと跳ねている。
「まさか、目覚ましが電池切れで止まってるなんてー！」
　天音はスピードを一切緩めることなく、旧市街を駆けていく。それは曲がり角に差し掛かっても、衰えることのない速度だった。
　となれば、待っているのは出会い頭の事故である。
　しかも彼女の場合、遭遇した相手がついていなかった。

「あ！　あの曲がり角から女の子が出てくる気配がする！」
　偶然天音と同じ場所に差し掛かっていた朝野未沙は、不意にそんなことを言い出した。
　もちろん、彼女にそんな特殊能力があるわけではない。
　ただ本当になんとなく、そんな天啓がたまたま奇跡的に舞い降りたのだろう。なんて無駄な奇跡の使い方だろう。
　元より女の子が大好きな未沙。そんな閃きが浮かんだ以上は、本能に従わない手はない。
「これはぶつかりに行くしかないよね。ね！」
　言い聞かせるように反芻する。
　つまり彼女は、意図的にぶつかりにいこうとしていた。ある意味当たり屋の思考に近い。

　そしてふたりは、ぶつかってしまった。
「え？　うわー！！」
　スピードを一切殺していなかった天音は、悲鳴と同時に背中から地面に落っこちた。
「あ痛たた……ご、ごめんなさいなんだよー！」
　痛みもあるが、とりあえずはぶつかって相手に悪いと思い謝る天音。
「大丈夫？　怪我してない？」
　言って、猫柄のかわいらしい絆創膏を差しだそうとする。
　つい本気スピードで走ってしまった結果ぶつかってしまっただけで、基本的に彼女はいい子なのだ。
　だが、それがまた、未沙の心の何かを燃え上がらせてしまったらしい。
「えっ、ちょっ、何この手！？」
　気がついた時には、未沙の手は天音のスカートに触れていた。どころか、未沙は堂々とそれをめくろうとしていた。

「ダ、ダメなんだよー！　なにしてるんだよー！」
「これはアレだよ、ぶつかった拍子で手がスカートに」
「ち、違うんだよ！　じゃあどうしてめくろうとしてくるんだよー！」
「ほら、勢いよくぶつかったからその勢いがあまって」
「あまってもこんなことにはなんないんだよー！？」
　未沙は、完全に変態と化していた。天音が頑張って手で押さえているので彼女のスカートの中は無事守られてはいるのだが、このままでは目の前の変態に何をされるか分かったものではない。
「悪いんだけど、こんなことやってる場合じゃないんだよ！　このままじゃ遅刻しちゃうんだよー！」
「そんなこと言われても、強くぶつかっちゃったから立てないんだもん」
　あちらもあちらでスピードを出していたことを盾に、それっぽい主張をしてみる未沙。自分は明らかにぶつかりにいった癖に、なんて居直りっぷりだろうか。
「うぐぐ……ぶつかったのは私が悪かったけど……」
　しかし根本的にいい子である天音は、ちょっと言葉に詰まってしまう。それをチャンスと見た未沙は、もう片方の手をなんと天音のおむねへと伸ばそうとした。
　反射的にそれを払いのけた天音は、がばっと立ち上がり、未沙を一瞥すると「ごめんなさい！」と大きな声で謝ってから走り出した。
「遅刻しちゃうんだよー！！」
　未沙は、物足りなさそうな表情でそれを見つめる。
「おパンツ……」
　ぽつりと呟いたその言葉までもが、どうしようもない変態だった。
　なお天音はギリギリで遅刻を免れたが、未沙は完全に遅刻だったらしい。