今朝、曲がり角で｜リアクション

今朝、曲がり角で

　chapter.6　城山水樹と鷹取洋二の場合　

　その日、某雑誌の読者モデルとして活躍している城山水樹は仕事も大学もない日だったため、買い物に出かけようとしていた。
　旧市街にある自宅から目的地までは、若干距離がある。
　けれど彼女は、歩きで行くことを決めていた。
　ウォーキングをすることで、自分の体型を維持したかったのが主な理由だ。

　故に、水樹は急いでも走ってもいなかった。
　むしろ、秋晴れの気持ちいい空気の中をのんびりとした気分で歩いていた。

　だが、逆にそののんびり感が災いしてしまったのだろう。つい前方不注意気味になっていた水樹は、曲がり角で人とぶつかってしまった。
　どん、と鈍い音がしたかと思った時には、水樹はもう手をついて倒れていた。
「うう……痛い……」
　自分が衝突したことに気付き、水樹は慌てて自分の体を見る。
　なにせ読者モデルなのだ、皮がむけていたり、アザができていたりしたら一大事だ。
　体を商売道具にしている彼女は、十二分にそれを理解していた。
　余談だが別にこのくだりはいやらしい意味での商売道具ではない。
「あっ、怪我とかしてない！？」
　そして、ほぼ同時に相手への心配も浮かんだ水樹はそう声をかける。
　その相手とは……鷹取洋二であった。
「あ、ああ大丈夫だよ。そちらこそ、平気かい？」
「うん、私はへい……」
　言いかけて、水樹はその口を止めた。
　なにかが、おかしい。
　痛みは感じないのに、腕のあたりに妙な感触がある。それは、なにかで濡れているような、そんな感触。
「ていうか……濡れてる？」
　気のせいではないと確信した水樹は、一体なんだろうかと恐る恐る自分の腕をひねって、違和感を覚えた部分に目を向けた。
「……え……？」
　瞬間、彼女は言葉を失った。
　それもそのはず、水樹の腕には、赤い液体が広範囲に付着していたのだ。
「まさか……血！？　なんでこんなにべっとり！？」
　どうして。なぜ。疑問が頭を埋めるが、このタイミングで腕がこうなったということは、目の前のこの人物になにかで刺されてしまったのではないかという結論しか導けない。
　よく見れば、どことなくあやしげな雰囲気もある。通り魔的な存在なのかと、水樹は体を震わせた。
「そんな……こんなところで死ぬなんて……」
　水樹は唇をぷるぷると震わせ、目を左右にうろうろさせた。もう、パニック寸前である。
　そこに、洋二が声をかけた。
「ねえ君、これは……」
「ひいいっ！！」
　通り魔に話しかけられた。ここからさらに酷い目に遭うのかもしれない。
　そう思い込んだ水樹は悲鳴をあげ、どこかへ走っていってしまった。
「あれ、行ってしまったよ……まいったな……」
　洋二は頭を軽くかいた。その手には、彼がよく使っている絵画用具。
　そう、水樹のそれは完全に勘違いであり、血でもなんでもなく実際はただの赤い絵の具なのであった。
　罪があるとすれば、曲がり角に差し掛かるタイミングで洋二がうっかり「あれ、赤の絵の具買い足したんだったかな」と思いだし調べるため道具を取り出してしまったその間の悪さだろう。
　水樹はこの後行く予定だったアウトレットから目的地を病院へと変更したが、そこで病院の人になんと言われたかは想像に難くない。

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