悠久の時の彼方へ～オルレアンの少女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～オルレアンの少女

Deux.

「あっ、てっちゃん久しぶりだねぇ」
　どこからともなく現れた築地哲の姿を認めると、壬生由貴奈は朗らかに挨拶した。
「戦国時代の次は中世、ってわけかぁ、てっちゃん」
「そう、君は察しがいいね。いかにもここは中世ヨーロッパ―――どうでもいいがその呼び名、なんとかならないかい」
「ううん、ならないよぉ、てっちゃん。呼びやすいもの」
　由貴奈は哲の言葉をあっさり退ける。
「知り合いなのかい？」
　一緒にいた逆巻天野が問いかける。この場所にも、中世フランスに連れてこられた現代人が数人集まっていた。
「ああ、以前戦国時代に現れたことがあるんだよ、こいつは。今度は何の手伝いだ、哲？どうせまた、世界を獲ることはさせてもらえないんだろ？」
　天野の問いに代わりに答えたのは桜崎巴だ。
「ああ―――君が支配者になった世界も見てみたいけれどね。あいにく僕は個人的な好奇心では動けない。歴史の改変を防ぎ、現在を守るために皆の加勢が必要なんだ」
　哲の説明が始まる。

「あらあら、戦国時代の次は百年戦争のまっただ中にご招待なのね？」
　尾鎌蛇那伊が立ち上がる。彼の所望した武器は、丈３メートルにも及ぶ鉄製の棍だ。
「誰の仕業か知らないけど、なかなか忙しいことね。難しい話はほかの人に任せて、ともかく目の前の敵を潰してくるわ」
　蛇那伊は怖気づく風もなく、戦場の方向に歩き出す。
「よし、築地といったね。後で一発殴るから、覚えておく」
　天野も、一言言い残して蛇那伊の後に続いた。寺で育った天野にとって、殺人を強制されるのは人一倍不快に感じるのだ。しかし、ここから逃げ出すわけには行かないことも、彼にはわかっていた。
「未来……ね」
　未来以前に、ここでフランス軍が負けたらオルレアンの子供たちの明日はない。
　親のない子供。あてもなく彷徨う悲しみ。不幸せな子が生む悲劇。
　幼い頃親に捨てられた天野には、痛いほどにイメージが湧いた。
　そんな運命を背負わせて、たまるか。天野は舌打ちして、戦場に向かった。

「さて―――あんたのやり口は気に食わんが、せいぜい期待以上の働きをしてやるさ。さ、デュノワのところに案内しな」
　巴が哲を促した。
「うーん……桶狭間の時も不思議に思ったんだけど、時の権力者に簡単に掛け合えるてっちゃんって、一体何者なの？」
　由貴奈が当然の疑問を呈する。
「うちらが過去に飛ばされることも知ってる素振りだし。おまけに、『あの人』とやらが原因らしいねぇ……そいつをやっつけることはできないの？」
　哲は思案顔のまま黙っている。
「まぁ、今度も『話せない』なんだろうけど。突然飛ばされて命懸けの仕事するうちらのことも考えて欲しいかなぁ」
　由貴奈の言葉に、哲は表情を崩さないまま、意外な答えを返した。
「一度ならず二度までも未来の住民を巻き込んでしまった―――秘密主義を押し通すのは無理がある、というのは感じているよ。今回の一件が片付いたら、明かせる限りのところは明かしておこう」
　珍しく殊勝な言葉を吐いた哲に、由貴奈と巴はふと顔を見合わせた。
「さて、これからデュノワ司令官のもとに行くわけだが―――」
　哲は、先程から話に参加することなく押し黙っている少女の方に目をやった。朝鳥さゆる―――大人びた端正な顔立ちをしているが、その目に何が映っているのかは、周囲からは推し量り難い。
　さゆるは、ずっと静かに物思いにふけっていた。気が付けば、なぜかジャンヌ・ダルクの活躍していた中世のフランスにいる。自分はというと、甲冑を身にまとい、手には剣を携えている。
「……ここで生きるも、死ぬも、結局は同じこと」
　さゆるは初めて言葉を発した。夢か現実化はどうでもいい。だが、刹那の快楽に身を任せ、破滅的な生活を送っている彼女にとって、はっきりしていることが一つだけある。それは、ここで生きようが死のうが、もうどうでも良くなってしまった、ということだ。
「くれぐれも、無理はしないでほしい。何しろ君は―――」
　築地とか名乗る少年が何か言っている。言わんとすることはわかる。自分はろっこんを持たない「ひと」である。だが、さゆるは思う。ただの「ひと」でしかない自分がこんなところに来たのは、無意識に宿る「消えてしまいたい」という願望のせいなのかもしれない、と。
　おもむろに立ち上がったさゆるは、何かに突き動かされるように前線の方に歩いて行った。哲が何か言ったような気がしたが、聞き取れなかった。

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悠久の時の彼方へ～オルレアンの少女

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