何も死守しない普通の一日｜リアクション

何も死守しない普通の一日

　レストランではカジュアルな服装の人々がランチを楽しんでいた。下心は皿に盛られた子羊の肉にナイフを向ける。焼けた表面は硬そうに見えても実は柔らかく、刃先を素直に受け入れた。切られた断面は乙女の頬のように仄かに赤い。その大きめの肉をフォークで突き刺し、口の中に押し込んだ。
　噛み締めると口角から肉汁が染み出る。下心は紙ナプキンで口元を拭きながら夢中になって食べる。
　正面には少し俯いた姿で巴が座っていた。大胆に結い上げた髪に白いレースのような物が複雑に絡み合う。うなじに掛かる僅かな髪が妙に艶めいて見える。先程から周囲の好奇の目に晒され、食事の手は全く進んでいなかった。
「なんの罰ゲームなんだい、こりゃ」
「あれ、巴ちゃん、食べないの？　このお肉、美味しいよ」
「あんたは気楽でいいだろうさ。こっちは恥ずかしさで喉も通らない有様だよ」
「なんで恥ずかしいの？　巴ちゃん、とても素敵で綺麗になったよ！」
　下心の声を掻き消すかのように巴は皿の上の肉をナイフで切り刻んだ。険しい眼付きで皿を押し出した。
「この肉を食べて、その口を閉じるんだね」
「遠慮なく貰うよ。はい、あーん」
　下心は顔を突き出して口を開ける。周囲の囁く声に巴の耳朶が赤く染まった。握り締めたフォークで肉を纏めて突き刺した。
「ほら、もっと口を大きく開けな」
「なんかバーベキューの串みたいだね！」
　下心は躊躇いなく肉の連なりに食い付いた。結果的に食べさせる羽目となり、またしても起こる周囲の声に巴の顔全体が真っ赤なリンゴと化した。