進路相談、君等の道２【普通科編】｜リアクション

進路相談、君等の道２【普通科編】

●普通科１年３組

【逆巻天野の場合】

　１年３組白沢絢子先生のその日最後の受け持ちは逆巻天野だった。ところが彼が時間になっても姿を見せなかったので、あたりにいた生徒たちに行方を尋ねてみると、皆は一斉に教卓の上を指差した。
　見ればそこには置手紙とプリン。
　置手紙には走り書きでひと言。

　『考えてないです』

　白沢先生は肩を竦める。
「あらまあ、いつの間に」
　悪いと思って先生の好物であるプリンが添えてある辺りが可愛いではないか。
　先生は先程の生徒を呼び止めると「悪いんだけど放送室へ行って……」と用事を言いつけた。

◇

　ピンポンパンポーン、という軽やかなチャイムに続き呼び出しの放送。
『――１年３組逆巻君、至急教室に戻ってください。繰り返します――』
　空き教室で手慰みに魔法陣を描く練習をしていた天野は「あー……」と天を仰いだ。
「そう来たか」
　ま、いいや、と描きかけの手元に集中を戻す。
　手紙の裏に『もう少し時間をください』と書いておいたし。バレるまでここに居たってかまわないだろう。
　そう自分に言い聞かせたものの、やっぱり思う。
　なぜ逃げてしまったんだろう。
　やりたいことが全くない訳じゃない。ただ、考えが纏まらないのだ。
　天野は幼い頃に親に捨てられ寺の子になった。
　住職は天野を本当の子のように育ててくれ、援助もしてくれた。
　今こうして楽しく高校に通えるのは奇跡みたいなものだ。親以上の存在に心からそう思う。だからこそ。
「これ以上……お寺に迷惑かけたくないし」
　バイト代で授業費を払って、更に補ってもらった分の返済にあてようとしてるけれど、多分、大学は無理。お金が足りない。そんなことを取りとめもなく考えていたらガラリと戸が開いて、男子生徒がふたり。
「おーい！　いたぞーっ！」
　叫ぶや天野に飛びかかって来て。
　取り押さえられて苦笑する。
　おいおい。
　そんな大捜索になってたのかい？

◇

「ほんとに困った子ねぇ」
　白沢先生からこつり、と痛くない拳骨を喰らう。
「迷ってるなら逃げるより話して。何のための進路相談なの？」
「……すいません。誰かに頼るのは苦手なので……」
「ほら、そこ。一人で生きて行こうとするのは自分勝手よ？　わかるわね？」
　返す言葉がない。
　黙っていると白沢先生はにこにこしながら天野が置いて行ったプリンをとり出した。
「これありがとう。美味しそうねぇ。いま頂いちゃおうかしら。私がこれを食べている間、あなたの独り言に耳を傾けていても構わないでしょう？」
　天野は頷いた。

　きっと話すのは下手だったと思う。けれど考えていることを取りとめもなく話すうち、自分の中に隠していた淡い希望をいつしか口にしていた。
「僕が受け取った幸せを、次の誰かに手渡せたらって思うんだ……」
　彼が口にしたのは児童養護施設のことだった。
「でもそういうところは保育士の資格が要るとあって……」
「考えたし、調べたのね。素敵よ。それなら――」
　ふたりで相談しながら、白紙だった進路希望調査票を埋める。

　――進路希望先：福祉系大学、志望理由：欲しい資格があるから。