進路相談、君等の道２【普通科編】｜リアクション

進路相談、君等の道２【普通科編】

●普通科２年４組

【早坂恩の場合】

「悪いけど僕は歯に衣着せるような物言いはしないからねー」
　そんな前置きをする担任のウォルター・B先生に、恩は少女とも少年とも取れる柔らな笑みで応える。
「ふふ、分かってるわ。はっきり言って貰える方が有難いからよろしくね」
　ウォルター先生が英語だけでなく主要五教科すべてを教えることができるような天才肌であることは、生徒たちはすっかりご存じ。ＩＱの高い人物にありがちな辛辣さにも、この半年で随分慣れた。

「身体と上手に付き合っていけるかは、どうしても考えちゃうわよねぇ」
　と恩は胸に手を当て苦笑した。
　幼い頃に罹った心臓の病気のことは学校にも知らせてある。
　そのために体調を崩しやすいことも、寿命がちょっぴり短い事も、恩は知った上で受け止めていた。
「先を決めるのって難しいけれど……目標を立てた方が迷わなくていいものなのかしらねぇ」
「一般的にはそうなんじゃないの？　僕に訊くなよ。そういうのは分からないんだ。何しろ目標を立ててもすぐクリアしてしまうからねー。迷う間もない」
「先生らしいわねぇ」
　恩はくすくす笑うと、腰まで編んだ柔らかい色の三つ編みを弄ぶ。
「色々と夢は見ちゃうけど、身体のことを考えると事務系が向いてると思うの。だからいまのところ、進学希望。木天蓼大学経済学部がいいと思ってるのよね。公務員か会計士になれればと思って」
「そういうのに興味あるわけ？」
「そうね。それに親が公務員でね。将来は私も公務員を目指すようにっていうのが今こうして寝子高に通える条件の一つなのよねぇ」
「ふーん」
　ハイスペックなウォルター先生は物足りなさそうに相槌を打つ。
「悪いってことはないけどさー、それで納得してるの？」
　あら、と恩は微笑む。
「なんていうのかしらね、仕事したり、結婚したり、それで子どもができたり……そういうことって、とても素敵な事じゃない？」
　ウォルター先生にそういう価値観はあまりない。何でもそつなく熟すことができるし、暮らしも裕福。多少の挫折はあったろうが、それでも彼の人生は普通以上であることが当たり前であったからだ。
　だが恩はそうではなかった。
　様々な思いが去来する。
「こうやって学校に来たり、先生と話したり、好きな子が出来たり、手を繋ぐのにドキドキしたり……ただそれだけの、みんなが当たり前だと思っていることで胸がいっぱいになることって、あるのよ、先生」
　その明晰な頭脳で解けないものはないかのように見えるウォルター先生だが、人生の幸せについては恩の方が一枚上手のようだ。

　ウォルター先生の瞳は、冷たく澄んだ高度１万メートルの空のよう。
　恩の瞳は、優しい夜のぬばたま。
　ふたつの視線は邂逅し、互いの知らずを知る。

「どうかしらねぇ？ウォルター先生。成績というか、勉強自体はそんなに不安なところはないんだけど、問題は出席日数と体調管理かしらねぇ……気をつけているつもりなんだけど、ついつい行事を楽しんだり思い出作りに励んじゃうとウッカリ……」
「そりゃあ自己管理すべきだね。出席日数が足りなけりゃ卒業の方を心配しなきゃならなくなるし、体調悪けりゃ勉強どころじゃないだろ？」
　言葉こそ厳しいが、そこには気遣いが垣間見える。
　恩はその思いを有難く思う。
「ふふ、そうよね。身体あってのものだね、よね。気をつけるわ」