進路相談、君等の道２【普通科編】｜リアクション

進路相談、君等の道２【普通科編】

●普通科２年２組

【大天使天吏の場合】

　白髪交じりのベテラン教諭である伊東大志先生はこの日、トレードマークである灰色のジャケットを脱ぎ、これまたトレードマークである水色のシャツを袖まくりしていた。
　伊東先生の担当は地理だ。黒板の脇には旅好きな先生の趣味で大きな日本地図が張ってある。昔、教え子に『先生の教え方はツマラナイ』と一刀両断されて以来続けている名産品クイズに使用した各地の土産物が教室のあちこちに置かれているのも、このクラスの特徴だ。
　天吏はぐるりそれらを見て回り、大きく鋭い目をした白木の鳥を手に取った。こけしのように円柱形をしていて、目は黒、頬は赤、頭は金、羽に当たる部分は木が薄く削られ巻き毛のように綺麗に巻き上がっている。
　大宰府天満宮の土産で木うそと言うのだと教えられると、天吏はまるで頭の中の図鑑を読み上げるかのように澱みなく言った。
「鷽（うそ）。スズメ目アトリ科ウソ属。雀よりやや大きく頭と尾、羽根の先は黒で背中は青みがかった灰色。頬が赤いのは雄のみ。つまりこの木うそは、雄」
「さすが大天使さん、鳥に詳しい。うそは天神さまの使いで幸運を招くとも言われているそうですよ。大宰府といえば学業の神ですからね。このクラスの皆さんにもご利益があればと思いまして」

　天吏との会話を楽しんだ先生は、さて、と彼女に座るよう促した。
「大天使さんは自然科学系の研究者になりたいのですね」
　先生は以前の資料と今回の進路調査票を見比べながら、
「以前は北海道の大学も考えているということでしたが」
　と尋ねる。
　すると天吏は眼帯に覆われていない方の目を、つ……と上げ、先生を見た。
「その件は考え直しました」
「というと？」
「他県、あるいはニャーバード等海外の大学で学んでみた方がいいのではないかという話も、家族や父からはありました。ですが今は、もう少しこの島を中心に勉学に励みたいと考えています」
「島の大学というと木天蓼大学ですね」
「はい。理工学部に自然科学、動物学を学べるコースがあれば最適だと思ってます。なければ島から通える範囲での大学進学を希望しています」
　普段あまり他人と意思疎通を図るタイプではない天吏が、これだけのことをすらすらと答えたことに伊東先生は驚きに近いものを感じていた。
「この島が気に入りましたか？」
「この島には、大切なお友達がいるんです」
　これも即答。
　理由は決して不自然ではない。
　なのに何故かぞくりとしたのは、逆光になった天吏の顔に、薄く三日月のような笑みが浮かんでいたせい。

　目の錯覚だろうか？
　伊東先生は銀縁眼鏡を外して目を擦った。
　瞬きの間に、天吏はいつも通りの無表情に戻っている。
　先生はさっきのは気のせいだろうと考えると、木天蓼大学の資料を開き天吏への回答を探した。
「動物学はないですが自然科学系のコースはありますよ。大きな大学なので動物寄りの研究をしている先生もいらっしゃるかもしれません。そういう研究室で知識を深めるのもいいかもしれませんね」
「わかりました。ありがとうございます」
　天吏は一礼し教室をあとにする。

　秋の夕暮れ。カラスが鳴くから帰りましょ。
　そんな歌を思い出し、天吏は灰色の瞳をうっとりと細める。

　――だって、この島には私の友達がいるんですもの。
　――その友達を苦しめるわるい人間もいる。
　だからまだしばらくはここに。