進路相談、君等の道２【普通科編】｜リアクション

進路相談、君等の道２【普通科編】

●普通科２年１組

【霧谷朧の場合】

　２年１組担任の中野空也は坊主である。
　坊主というのは髪型のことだけではない。先生の実家は鎌倉のとある寺で、特技は読経と掃除。黒っぽい袈裟を纏い、ときに法螺貝まで吹く、草食系ならぬ僧職系男子なのである。
（あの先生ちょいと苦手なんだよな……）
　２年から担任になったこの倫理の先生について、朧はそんな感想を抱いていた。
　幼少時の人間関係が希薄だったためだろうか、他人と胸襟を開いて付き合うのは朧には難しいことだった。他人の視線が怖くて伸ばした前髪は、目元を覆って頬の半ばまで伸びていた。
　この前髪は鎧だ。
　大人の視線から自分を守るための。
　ところが先生の真っ直ぐな視線は鎧越しに突き刺さって来そうで、それがどうも苦手なのだった。

「まだ、あんまし詳しく決めてないけど専門学校に行こうかなーって思います」
「専門学校ですか？」
　先生の声は深みがあって優しかったが、朧は完全に心を開くことはできず敬語混じりになる。
「保育園とか幼稚園の先生とか、……それか、俺の施設にいた職員さんみたいになりたいなって……」
　朧が施設育ちで今の親と養子縁組であることを学校はもちろん把握している。
「子どもには結構好かれるタチだとも思うし、一緒にいると気が楽なんですよ」
　なにより、子どもの前では素になれる。数少ない鎧を外せる相手なのだ。
「……俺みたいなのでも今は友達がいるし、いてもいいって思えるようになったのは話を聞いてくれた親や職員さんがいるから……そう言う風になりたいと思うんです」
「周りのみなさんとそのことを相談してみましたか？」
「いやーそれが、親も施設の人も、大学に行ってゆっくり考える方がいいんじゃないかって」
「その考え方も一理あるように思いますが？」
「いやー、だって大学は金かかるじゃん？　専門学校とか短大なら安く済むっていうし……」
　ふうむ、と中野先生は考えた。
　この話の間、朧は一度も視線を合わせようとしない。
「周りの人が大学を勧めるわけについて、あなたはどう思われますか？」
「あー、どうなんかなー。今のままじゃ心配、なんかな……」
　言外のそんな気配を朧は感じていた。
　そして彼自身も、薄々気づいていた。
　視線が怖い。前髪を上げられない。それはまだ自分が過去と向き合い切れていないからだと。
　子どもは好きだが、自分と同じ境遇の子どもたちと本当に割り切って付き合えるのだろうか。子どもたちと自分を比較して、どっちが辛いだとかどっちが幸せだとか、そんなことを考えてしまわないだろうか。

「焦らなくてもいいですよ」
　朧の戸惑いを感じ取った中野先生は静かに言った。
「あなたにはじっくり自分を見つめる時間が必要なようですね。すこし立ち止まってはいかがですか」
「でもみんなどんどん前に進んで不安っていうか」
「大丈夫です。あなたはここまでよく頑張って来ましたね。頑張ったら次は気持ちを休める時間を作る事です。一休みすることで、人は本当に物事を吸収し自分の力とするのですよ」
　先生は穏やかに合掌する。
「心配いりません。仏様もそうおっしゃっています」
　進路相談というより僧侶に人生相談したみたいだ。
　……いや、実際そうか。妙な気持ちになって、朧はくすっと笑ってしまった。
　先生の言うことを全部すんなり受け入れるほど素直じゃないけれど。

「それも良さそうなんよ」
　前よりは少し、自分のことを好きになってきているような気もするから。
　ゆっくり考えるのもいいかもしれない。
　そんな気になった。