進路相談、君等の道２【体育科編】｜リアクション

進路相談、君等の道２【体育科編】

●体育科１年１０組その４

【鴇波羽衣の場合】

　羽衣は困った顔で浅井先生を見つめていた。
　先生もふうむ、と唸って手元の調査票と羽衣の顔を見比べている。
　ああ……。
　羽衣は消え入りたいような気分になる。

『進路希望先：特技が活かせそうな所、志望理由：自分の特技を活かしたいから』

　なんて曖昧な答え！
　自分でも途方に暮れてしまう。
　以前、キャンプに行ったとき浅井先生に「やりたいことが見つからない」って相談した時から全然前に進んでいない自分が不甲斐なくて泣きそう。
「……あたしまだ、進みたい道がよく見えなくて」
　これが精一杯でした、と付け加えた声は自分でも沈んでいると思った。

「まあまあ」
　と浅井先生は言った。
「もちろん夢がはっきりしててそれに向かって一直線に進むぞーって友だちもいる。けどそうじゃないから悪いってことはない。人ってさ、自分のことって案外見えないよなー。いっしょに鴇波のこと、見つけていくか」
　じゃ、ちょっと質問な？　と浅井先生は雑談でもするみたいなフランクな気配を纏う。
「鴇波は自分の取り柄って何だと思う？」
　羽衣はうーんと考えて答えた。
「あたしの取り柄なんて身軽なことくらい。だけどこの身長だから、記録を出せるスポーツ選手とかにはなれないと思う」
「身軽なこと。いいじゃないか。他にも好きな事とかあるかい？」
「他に好きなこと……最近はトロンボーンを吹くことかなあ。クラシック同好会ってサークルで練習してて、夏にはネコフェスにも出たんだよ。あの時は演奏しながら歌って踊って……楽しかったなあ」
　懐かしむように笑みを浮かべるが、でも、と首を振る。
「まだ全然上手くないから……その道にも進めないよ」
「ストップ」
　浅井先生が羽衣の眼前に手のひらを翳す。
「自分で扉を閉めるの、なしな？」
「扉……？」
「そう。未来の扉。身軽な事、音楽が好きな事……鴇波の前にいま、いっぱい未来の扉が現れたよな。それを自分で閉めるのはなし、だ」
「でもそういうのを活かせる道なんてあるのかな？　もしあったとしてどうすれば近付けるのかな……」
　すると浅井先生は羽衣の不安に揺れる頭をぽんぽんと撫でた。
「鴇波みたいなタイプはさ、未来のことは一回忘れようか。過去とか未来とか、今以外の時間に心を囚われていると不安になる。だから……世界はいま、ここ、しかないと思う。いま、ここで、目の前の問題をひとつづつ落ち着いて解決していく。手探りでいいじゃないか。結局、俺らはそうすることでしか歩いていけない」

　少年みたいな顔をしているのに。
　先生の笑顔がこんなに心強いなんて。
「まだ手探り状態でも本当にいいの？　まだ……間に合うのかな？」
「いくつになってからでも間に合うよ。……ってこれ、上野先生の受け売りなんだけど」
　上野先生は舞踊担当の年配の先生だ。普段から和装を好み、お師匠様と呼ぶのがしっくりくるような雰囲気で、いつもはやさしく授業は厳しく、凛とした姿は生徒のみならず先生たちからも尊敬を集めている。
「上野先生の言葉だと思うと説得力あるだろ？」
　先生は悪戯っぽく笑みを浮かべる。
　
「……あたし、先が見えなくて不安になって悲観的になってたかもしれない。でも、何事も動かなきゃ始まらないよね」
「その意気だよ」
　励まされ、羽衣は前を向く。
　秋の爽やかな風が吹き込んで、羽衣の髪を優しく揺らす。
　まるで彼女を高みへ誘うかのように。