星ふる夜、いつもとちがう空の下で｜リアクション

星ふる夜、いつもとちがう空の下で

●拝啓、宇宙様
　気の遠くなるほど遠い夜空へ向けて、天文部のカメラがシャッター音を響かせる。
　最近のカメラにはインターバル撮影がついているものがあり、オート操作で撮影をしているのだ。
　間隔をあけてシャッターを切っていれば、どれかに運良く流れ星が写っているかもしれない。
「っと、そろそろ露光を調整したほうがいいかしら」
　神薙焔がデジタル一眼のモニターを覗き、カメラの感度を調節する。
「……？　露光を途中でいじるのか？」
　そうよーと、設定画面を閉じながら答えをよこす。
「旧市街の灯りがだいぶ消えたみたいだから。時間帯にあわせて変えたほうがいいのよー」
「そうなのか……結構こまかいんだな」
　見ならって一条寺要も露光の調整にとりかかる。機械の操作方法ぐらいは事前に覚えたものの、こういった実践の知識ではしばらく焔にかなわなさそうだ。
　実際、画面を覗いてみてもどの設定がいいのかわからない。
「ええと、このぐらいでいいか……」
　果たして何枚の写真に流れ星が撮れているんだろう。インターバル撮影に限らず天体写真は本当に根気がいるもので、わずかに設定を違えただけで、ゆうに１、２時間分の労力が無駄になる。
　でも、今日この場にいない天文部員にも写真を持ち帰りたい。彼らも自宅で空を眺めているかもしれないが、天文部の望遠鏡で撮った星の写真を皆に見せたい。そして要自身も、自分で撮った天体写真をはやく見てみたかった。
「ふむ……、写真を撮っているのか？」
　帰宅前の最後の散歩をしていた神城凛が、撮影風景に興味をもった。パーカーのポケットに片手をつっこみ、こちらをしきりに気にしている。
「そんなところね。今なら望遠鏡空けられるけど、あなたも覗いてみる？」
　星空に興味を持ってもらうチャンス。すかさず焔が誘いをかければ、知識欲の旺盛な凛は応じずにはいられなかった。
「……いいだろう。観察データは多いに越したことはないからな」
「カメラを取り外すから、ちょっとだけ待っててくれ」
　一旦インターバルモードを解除して、アダプタを手前に動かし望遠鏡からカメラを離す。こうすれば望遠鏡とカメラの設定はほとんどいじらずに、望遠鏡のレンズを覗きこむことができる。カメラまわりの接続機器も便利になったものだ。
「こちらからどうぞ。輻射点近くの星に照準をあわせてるから、覗いてみるといい」
　凛が覗きこむと、ちいさな星が望遠鏡の窓に浮かび上がっていた。一見ひとつの星に見えるが、ふたつ連なった二重星なのだという。宇宙には、調べてみないとわからないことがいっぱいある。
「ふむ……なかなか面白いではないか」
「でしょ？　このあとも残るなら、一緒に観測してかない？　お夜食にサンドイッチもあるわよー」
　しばし考えるものの、首をふる凛。
「いや、ボクはそろそろ帰るとするよ。明日の予習もまだ残っているからな。ご機嫌麗しゅう……貴重な体験をありがとう」
　深々とおじぎをして、凛はノートを片手にきた道を戻っていく。
「……変わった子ね。でも、楽しんでもらえたみたいでよかった」
「そう、だな……興味を持ってもらえれば」
　星空に興味をもつ人に、悪い人はそういない。

　ひと通り設定を終えて、カメラは再び夜空へとシャッターを切り続けている。
　時折電池の残量を気にしながら、焔は毛布をひっつかみ、ビニールシートの上に寝転がった。
　流星群はやっぱり、寝転んで眺めるのが似合う。
「星空を見上げるだけじゃなくて、いつかあの中に行ってみたいわー」
「あの中？　……そうか、焔の夢は」
　いつか宇宙へ行きたい、確かそういっていた。だから、この場合のあの中とは宇宙空間のことだ。
「楽に叶う夢じゃないけど、あたしが一番熱くなれるモノだからねー」
　熱くなれるモノ。そう言い切る焔は目標へ向けてまっすぐに向き合っている。今も進んでいるロケットのように、迷いがない。
　自分にはあるんだろうかと、天文部へ入部届けを書いた時のことを思い出す。
　親に負担をかけないほうへ……そんな配慮で、寝子島高校を選んだはずだった。
　ところがその寝子高に天文部があると聞き、未知のものへの好奇心に要は勝てなかった。
　まわり道をしてたどり着いたのは、自分の胸を熱くさせる……そんな部活だったのだ。
「あ、いま流れた！」
　焔が空を指さす。要にも同じ天体が見えていた。灼熱の尾を引き、流れ星がまたひとつ消えていく。
「俺も、熱いのかもな……」
　星空に夢見る要の目は、いつになく穏やかな光をたたえていた。

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星ふる夜、いつもとちがう空の下で

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