星ふる夜、いつもとちがう空の下で｜リアクション

星ふる夜、いつもとちがう空の下で

●いいな星
　大田原いいなはだいぶ奥まったところまで来ていた。何度も通った道とはいえ、夜の墓場というのは歩きづらい。
「父さん、今日は流星群が見られるそうじゃよ」
　いいなの語りかけた先の空間に、父の姿はない。
　かわりに星明かりの下、うっすらと浮かび上がる文字があった。
『大田原家』
　誰かと一緒に流星群を見ることも考えた。けれどいいなにとって、いちばんこの天体現象を見せたい、一緒に見たい人は、この墓石の下に眠る父だった。
「……いなくなってから何年経つのじゃろうか」
　お供えしたばかりの花が倒れかけて、いいなはあわてて手のひらで受け止めた。
　指先が冷たい墓石にふれる。お骨になって眠っている父からは、もう生前のような温もりを感じることはできない。
　わかりきったこと。
　それでもせめて、生きていた頃の父をせめて思い出したくて、いいなは記憶をたどる。
　前にもこんな星空を、見上げたことがあった。

　いまの大田原ではなく宇佐美の姓で呼ばれていた頃の出来事だ。
　肩車をしてもらい、幼いいいなは父とともに夜空を見上げていた。
　肩に担がれて見る夜空は視界がひらけた分いつもより身近で、手が届きそうに思えた。
　記憶の中で、やさしい声がよみがえる。
『北斗七星はこの間教えたろう。しっぽの先を追いかけるとアークトゥルス、その先にあるのがスピカ。……そして、あそこにあるデネボラ。この３つを結ぶと三角形になるだろう。春の大三角、だよ』
　父の指さした星のうち、２つはすぐにわかった。でも、デネボラという星はほかの星よりも光が小さくて、あれだとわかるまでに少し時間がかかった。
　この時、いいなは正直に思ったことを口走っていた。
『でねぼら、ちっちゃいね』
　はは、と笑うのにあわせて父の肩がゆれた。思えばこの時の父の表情を、いいなは見ていない。
『いいなみたいな星だよ』
『じゃあ、あれ、いーな星！』

　父がいなくなってから、そのデネボラについていくつかのことを知った。
　２等級の星であるデネボラは、恒星との距離をのぞいた絶対等級でも他の２つの星より暗いこと。
　そして、他の２つ……スピカとアークトゥルスよりもこの星に近い場所で輝いているということだった。
　いいなみたいな星だよ。父はどんな意味を込めてそんなたとえをしたのか。もう問いかけても返事はないが、それでも父の教えてくれた数々の不思議は今もいいなを導いている。
　アルミシートの上で薄手の毛布にくるまって、いいなは星が流れるのを待った。
　ポットにいれてきた温かい麦茶のうち、いくらかは内ブタに注いで父の墓前に供えた。
　空高く、三角形の頂点に輝く『いーな星』は、小さな両手をいっぱいに広げ、なにか大事なものをつなぎとめている……そんな風にも思えた。
　東の空に、輝く火の玉があらわれる。
「……ご覧よ、父さん。いーな星のそばに、流れ星がきておるよ」
　流れ星は夜空に光の線を引き、三角形を横切ってデネボラの近くに消えた。
　なんてあわただしいのだろう。もう少しゆっくりしていけばいいものを、幼い日の思い出には構わないといった風体で流れ星は消えてしまった。
　どこか行く宛でもあるのだろうか。そんな刹那の輝きがきれいで、少しさびしく感じられた。
「今夜は儂も父さんと一緒に、流星群を見るからの……」
　いいなの抱きかかえるカエルのぬいぐるみ。そのつぶらな瞳に、星の光が映りこんでいた。