星ふる夜、いつもとちがう空の下で｜リアクション

星ふる夜、いつもとちがう空の下で

●待雪草のしらべ
　待雪と美桜はしずかに星降る空をながめていた。いまもまたひとつ、流れ星が瞬いては消えて、まぶたの裏に光だけが残る。
「星が降るのって綺麗だな」
　はじめて見る流星群に待雪は感慨深げだったが、美桜は表情を動かさずじっと見上げていた。
「……すぐに、消えちゃうんだね」
　流れ星が輝くのは一秒にも満たないわずかな時間だけだ。ひとの感覚でいえば一瞬。食い入るようにみて目に焼き付けたつもりでも、一度まばたきすれば夜空に星のあった形跡はない。
「うん……あっという間、だね。寂しい……？」
「ううん」
　首をゆっくりと横にふる。そのまま空を見上げた美桜は、一拍おいてこう言った。
「見えなくなる、だけ。人と、同じ」
　美桜はじぶんの見ている世界について、多くを語らない。それでも、お年寄りと長く暮らしていた待雪には、見えなくなるの意味をすこし察することができた。
「……そっか。そういう考え方も、あるんだね」
　人も星も、姿を隠して見えなくなるだけ。そう思えば、見えなくなった人がまだ見守ってくれている気がして、暖かかい気持ちになれた。
「そうだ。鬼久保さんがよければ、篠笛吹いてもいいかな」
「篠笛……」
　前から練習しているんだ。そういって待雪は笛の入った布袋をとりだす。厚手の布はつぎはぎだらけで、誰かが縫ってくれたことを思わせる。
「こんな風景の中で吹く機会、めったになさそうだし」
　星の落ちてくる場所で、笛の音を聴く。この時美桜がどう思ったかはわからないが、その光景は美桜にとっても見てみたく思えたのかもしれない。
「……ん。わかった……。聴かせて」
　承諾が得られたことに礼をいって、待雪は布袋から木製の横笛をとりだす。
　軽く息を吹き込んで音が狂っていないのをたしかめ、最初の一音を奏でた。

　篠笛の音は、夜の空気に澄みわたっていく。
　木の管楽器そして雅楽特有のゆったりした音階の移り変わりが、
　音色に幅をもたせ、風にこだまする。
　曲の中でひときわ高い音を出せば、すねこすりが腕の中からぷいっ、ぷーいっと自己主張するように鳴き、それを美桜が片手でなだめる。
　やわらかい篠笛の調べに、美桜は静かに聞き入っていた。
　夜風にまじり、待雪の育った遠いふるさとの情景が見えた気がした。

　曲の最後の一音までに肺にたまった息を注ぎ込み、待雪は新鮮な空気を大きく吸い込む。
「いい曲……」
　かたわらの少女から拍手はない。かわりに瞳は待雪と笛に釘付けで、最後まで聞いていてくれたのだと知って待雪は少し安心した。人からどんなにほめられても、演奏に自信がなかったのだ。
「ありがとう。田舎で、親友が作ってくれた曲、なんだ」
　幼い頃からの親友……顔をしわくちゃにして笑うその人の顔を思い起こしながら、今しがた吹いていた曲のタイトルを告げる。
「曲の題名は、待雪草」
　待雪草。その名前を聞いて、美桜は先の脳裏にうかんだ情景の意味を理解した。
「君の名前、だね」
　それはおそらく親友だというその人が、待雪のことを思いながら作った曲。待雪にも自覚があったのか、照れまじりの顔でうなずく。
「少しさびしい感じだけど、俺、この曲好きなんだ」
　笛の音が消えた高台に風が吹く。二人をとりまく乾いた風の音は、もっと奏でてほしいと待雪に催促しているかのようだった。