星ふる夜、いつもとちがう空の下で｜リアクション

星ふる夜、いつもとちがう空の下で

●流星の軌跡
　川のそばでは、旅鴉月詠が筆記具を手にスケッチをとっていた。
　近くに天文部の人たちも見える。行く道中は一緒だったが、集中したいと月詠のほうが距離をとったのだ。
　絵を描くには光源が欠かせないが、天体写真を撮るためには逆に光源を避けなくてはならない。そんな理由もあって、いまは事実上の別行動となっている。
　水筒のお茶を少しだけ口にふくみ、月詠は集中力を研ぎ澄ませる。
「ここからだと海岸の地形が見えづらいな。あとで補完しておこうか……」
　ひとりごちる月詠の背後で、カメラのシャッター音が鳴る。誰かとふりかえれば、畑生言嗣が月詠のすがたをカメラにおさめていた。
「いや、失礼。集中している姿が面白くて撮ってしまった。スケッチをしているところをスケッチできれば、更に面白かったのだがね」
「……君も変わった人だね」
　特に表情は変えないあたり、嫌というわけでもないらしい。
「ほう。素描をしているのか」
　天文部の観測につきあおうと降りてきた相楽茉莉花だったが、彼女の興味はいまスケッチをする月詠のほうへと移りつつあった。
「流星群を見たいなら、そこの天文部員たちがその手の話に詳しいよ」
「流星か……」
　月詠がキャンバスに向かいながらそう告げれば、茉莉花は空をあおいで目を細める。
「吉兆なり凶兆なり諸説あるが、あれは彗星よりこぼれ落ちた生命の残滓。燃え尽き漂うだけとなったモノの、最後の煌めき。私にとってはそういうモノだ」
　そのたとえを聞き、言嗣は眉をしかめた。
（「……どこかで聞いた言い回しだ」）
　拓郎や待雪たちの前でそんな感じのことを適当に言ったかもしれない。言嗣は懸命に記憶をたどるが、面倒くさくて思い出すことがわずらわしい。無論、かぶっていたとしたら少し複雑だが。
「しかし、輻射点を見定めるのは難しいな。夜空を満遍なく探していては首が疲れてしまう」
　それに、目も。
　言葉には出さなかったが、何度も目をこらすうちに茉莉花の目には星がぼやけて映るようになっていた。
　夜の冷え込みのせいか、瞼がこわばっている。涙が乾くのが早い。砂粒のまじった万華鏡のように、余計な光が星を見るのを邪魔する。
「……大きく赤い星と、青白い星を結んだあたり。そこを起点に探せばいい」
　手を動かすのをやめないまま、ぶっきらぼうに月詠が答えた。
　言嗣がほう、と感心したようにキャンバスに向かう少女を眺める。
「そんなにはっきりとわかるものかね？　見たところ、観測機器の類もないようだが」
　一度だけこちらへ向き直り、当たり前のことといった風に月詠は答える。
「観察の結果だよ。流星の姿を捉えようと何度も探すうちにわかった。機械ほど正確じゃないけど、ある程度目安にはできると思う」
　許可を得て月詠のスケッチブックを覗けば、何度も書きなおした痕跡、彩色する際のメモ……彼女の言うとおり、そこにあるのはおびただしい量の観察を重ねた成果だった。
　ためしに茉莉花も、いわれた方角をしばらく見つめてみる。
　視界の左側に輝くものが映った。目で追う数秒のうちに燃え尽きていくその星屑は、確かに月詠のいった方角から流れてきたように思えた。
「なるほど……」
　興味深い。いまの茉莉花にとって、あらゆることが興味深かった。
　流星のおおまかな輻射点を目視の観測で割り出せること。そして、目の前の少女の観察眼。
　今日この日の空は二度と訪れない。似たような空模様が数年後にあったとしても、それはこの空ではない。
　故に、覚えておきたくば、私はこの空を確りと刻み込まねば。
　記録は後世に伝わるが、自分の目で見たことにはならない。
（「私が欲しているのは、記憶だ」）
　流れ星がまた一筋、茉莉花の灰の瞳に映り込む。

　こうしてこの空を見たことを、私は私自身の記憶として覚えておきたいのだ。