星ふる夜、いつもとちがう空の下で｜リアクション

星ふる夜、いつもとちがう空の下で

●夜の識者
　御巫時子は草をかきわけ、川近くの一番背の高い木のところまでやってきていた。
　喧騒をさけてというのもあるが、先ほど聞こえた鳴き声の主を探していたという方が正しい。
　時子の探している相手の姿はちょうど木の中ほどにあった。
　といっても、不慣れな人が肉眼で見つけられるものではない。
　半分は気配、残りの半分を勘で探しあて、時子は声を樹上へと投げかけた。
「こんばんは……。今日は星が降るそうですよ……」
　時子がだした声のトーンは普段より低く、森林に響きわたるような……そう、たとえるなら。
『おや、珍しいお嬢さんだ。もしや私のことばがおわかりかね？』
　フクロウの声だ。
　時子のことばが届いたとみえて、フクロウは太い枝の上ででっぷりした胸をゆらし、ホウ、ホウと二度鳴く。
　時子以外には普通の鳴き声にしか聞こえないが、この夜の鳥との会話を願った時子にとっては人間の言葉と同じように意味を理解できる。
「はい……。しっかりと聞こえていますよ、ふくろうさんの言葉……」
　言葉がつうじたのに安心して、時子は胸をなでおろす。
『ホーウ、驚いた！　他の鳥より長く生きているつもりだが、こんなことは初めてじゃて』
　くすっ、と笑みがこぼれた。夜の鳥はこういう性格なのか、それともこのフクロウがおしゃべりなのか。フクロウの驚いたりする様が、まるで夜更かしをした後の人間と同じで、身近に思えたのだ。
『してお嬢さん、類まれなる貴方に敬意をはらってお嬢さん以外の呼び方をしたいものじゃが……なんとお呼びすれば？』
　名前をたずねられた。名前は人間の言葉の中でも、法則が少なく覚えにくいもののひとつだ。フクロウにもわかるように、ゆっくりと一音ずつ伝える。
「時子、ともうします……」
『ト・キ・コ。なるほど、トキコさん。人間の女性はうしろにコがつく呼び方が多いと聞いておったものじゃが、本当じゃったとは。ふーむ……ト・キ・コ……？』
　知りたての言葉を繰り返すように、フクロウは発音をたしかめる。時子が言葉を理解できるとはいえ、鳥のくちばしから出てくる自分の名前はどこか違う音に……そう、オウムがしゃべるときのようにぎこちない。
　名前の話だけで、こんなに盛り上がれるなんて。ささやかな感動が胸を満たしていく。このフクロウは人間でいうところの知識人――鳥の世界では知識鳥――なのだろうが、未知のものに触れると饒舌になるあたり、知識欲が盛んな人や鳥はこういうものなのだろうか。
『ときにトキコさん。いや、洒落ではなく。さっき貴方の言っていた星が流れるというのは、あれかね。人間の言葉でいう……リュ、リューソー』
　フクロウの愛らしさに夢中になっていた時子はハッとして、再びフクロウとの会話に集中する。
「流星群……です、ね……。もしかして、ご存じ、でした……？」
　フクロウが大げさな動きでばさりと翼をひろげ、胸によせる。このフクロウが得意ぶるときの仕草のようだ。知っているも何もと、フクロウは自分の知っている知識を語る。
『前にその星があらわれたのはいつでしたかな、だいぶん前なので昼と夜で数えるより春夏秋冬で数えたほうがよろしい！　あれはまだ父君が存命の頃でしたかな、私も見ましたとも』
「ふくろうさんって、物知り、なんですね……」
　フクロウはまたも翼でえっへんの仕草をして、勢いにのったまま語る。
『なんでもお見通しとまでは言いませぬが、私たちフクロウは夜目のきくばかりではないのですぞ。現に、ほれ、向こうの茂みに！』
　フクロウがさした先で茂みががさがさと大きく揺れる。
　人の形をした影がぬっと立ち上がり、そして……奇妙な声をあげはじめた！