そうだ、秋を探そう｜リアクション

そうだ、秋を探そう

【魚新の名探偵】

　その日、新井すばるは朝から実家である鮮魚店『魚新』で店の手伝いをしていた。
「はーい、いらっしゃい。今日もいい魚が入ってますよー」
　あるときは店長の息子、またあるときは店のマスコットキャラクターとして活躍するすばるの姿はなかなかどうして堂に入ったもので、客も安心して買い物を楽しんでいるようだった。
「すみませーん」
　と、そのときまた小さなお客さんがすばるのもとにやってきた。
「おや、ちーちゃんはお使いかい？」
　すばるはその小さな子供からお使いメモと財布の入ったカゴを受け取り、えらいねーとその頭を撫でてやる。
「はい、これとこれねー。あ、来る途中に赤池で道草したね？　あんまり遅くなってお母さんやお父さんに心配かけちゃいけないよ？」
　商品とレシートをカゴに入れて子供に差し出す。
　子供は少し驚いたように目を見開くと、照れたように「はーい」と笑い、すばるからカゴを受け取った。
「よし、いい子だ。じゃあこれはサービスの『ちくわ』ね。うん、じゃあまたね」
　子供を見送ると、すばるはまた次の客に対応していく。
「はい、いらっしゃい。そうそう秋の旬の魚と言えばサンマですよね秋刀魚。もちろん今日もいいの入ってますよー」
　と、そこですばるはその客が少し怪訝な表情を浮かべていることに気づく。
　どうやらどうしてさっきの子供が道草をしていたかがわかったのかが気になっているらしい。
「あ、今のコね、赤池独特の色の泥はねがついていたもんだから……。あと買い物カゴの中に最初のお使い先の八百屋さんのレシートが入っていたんですが一時間も前のだったんです」
　簡単な推理ですよ、とすばるは語る。
　だが、それに客はまるで信じていない様子で鼻で笑う。
「あ、笑いましたね。じゃあお客さんのことも当てましょうか？」
　にやり、と眼鏡の奥の瞳を光らせて、すばるが挑戦的な笑みを浮かべる。
「奥さんが買いに来たのは牡蠣です。それとちくわも１０本ご入り用ですね？」
　断言口調のすばるに、客は目をかすかに見開いた。
　その表情の変化に、
「どうです、当たりでしょう？」
　と、すばるは得意げに笑う。
「奥さんを観察すればそれくらいわかります。ボクは魚屋であり探偵でもありますからね」
　キリッと口の端に笑みを浮かべて、すばるはパイプがわりにちくわをくわえた。
「種明かしはあとにしましょう。それよりももう一つアドバイスをしましょう。鮭も買って行ってください。それで貴方の昨日からの悩みは解決します」
　今度こそ客はぽかんとした表情ですばるを見やる。
　まったくわけがわからないよ、とでも言いたげな顔だ。
　しかし、そこにすばるは不敵に笑って言葉を続ける。
「信じてませんね？　ですが、ちくわをくわえた探偵は嘘は言いません。ボクを信じて言うとおりにしてください。娘さんは今晩帰ってきます。必ずね」
　パチンと短く片目を閉じて、すばるは牡蠣とちくわと鮭が入った買い物袋をその買い物客に差し出すのであった。