戻ってきた記憶｜リアクション

戻ってきた記憶

　猫鳴館の地下には有志の手によって掘り進められた空間がある。生き物が成長するように今も広がりを見せている。用途によって区分けされていて、そこには居住空間まで備わっていた。
　皇帝執務室という名の私室の床で骨削瓢は寝転がっていた。秋仕様の着る毛布を着用していた。腰紐のおかげで和風の装いに見える。
　不機嫌な顔で赤い絨毯の上を気ままに転がる。ぴたりと止まって上体を起こした。部屋の際に置いてある手製の棚に視線を向けた。
「小腹が空いた時には『らっぽ』かねぇ」
　瓢は起き上がって棚に直行した。上段にはらっぽの箱が押し込まれていた。顔を突き出して箱の側面に目をやる。
「消費期限の百八十日は越えてないようだねぇ」
　箱を掴んで周囲の物を押し退けるようにして引きずり出した。
　瓢は寝転がっていたところに腰を下ろして箱の蓋を開けた。山吹色の小粒の最中がぎっしりと収まっていた。二つを摘まんで纏めて口に放り込んだ。
　幸せそうな笑みで咀嚼して、瞬時に表情を歪めた。極端に仰け反って頭頂を床に打ち付けた。その姿で痙攣して急に跳ね起きる。
　瓢は浮かない顔でらっぽを見た。
「このらっぽ、百個と量は多いんだけど千円もするんだよなぁ。これって結構な値段だよね」
　別人のような口調で言った。新たに一つを口に入れると食べながら独り言を続けた。
「以前から思ってたんだけど、らっぽを食べると気が大きくなるのかな？　シナリオとかの事件に首を突っ込みたくなるし、写真の形態のイラストを無性に頼みたくなるんだよなぁ」
　誰かに聞かせるような口調に変わってきた。一層、怪しさに拍車が掛かる。
「かなりの額を使ったよなぁ」
　適当にらっぽを握ると口の中に押し込んだ。さすがに声が出せず、無心で口を動かした。合間に激しく胸を叩き、脱力した表情で言った。
「今のところ、シナリオはゾロ目の百十一だろ。イラストは六十一枚か。シルバーとかデラックスが混ざっていて地味に財布に効いてくるんだよなぁ。ストマックブローみたいな感じで」
　瓢は沈鬱な表情で指を折り曲げていく。
「シナリオとイラストの金額を合計すると――」
　見えない拳にこめかみを打ち抜かれたように瓢が真横に倒れた。顔に両手を当てて頬の肉を引き伸ばす。
「あ、あっしの中に、入ってきた、おたくは、何者で」
　瓢は四つん這いの姿で戦慄く。半顔を引き攣らせ、正常な方の目が手掛かりを探すように動いた。
「は、背後と、言えば、わかり、易いかな」
「も、目的は、あるんで、すかい？」
　片方の目がらっぽを置いてあった棚に向かう。
「もちろん、だよ。君の行動で、どれだけの、額を使ったと、思っている、んだ。少しは、自覚して、欲しいんだ、けど」
　瓢は片足で立ち上がり、その足で棚に向かって小さく跳ぶ。刻むように進む中、声を絞り出した。
「あ、あっしは、楽しけりゃ、そうはいか、それで、こっちの、いいんで」
　二つの言葉が混ざり合う。左右の表情も真っ二つに分かれ、笑いながら怒っていた。
「こ、これで、そうは、終わり、させな、だねぇ」
　瓢は前に倒れ込んだ。自由な片手を棚の上段に伸ばし、黒い箱に手を掛けた。ずれた上蓋が滑るようにして嵌った。
「……ようやく出ていって貰えたようだねぇ」
　手足の自由を確かめるように動かす。改めて黒い箱を見た。
「らっぽを取り出す時に当たったのかねぇ。愛のメモリーは恐ろしいよぃ」
　身体が勝手に震えた。急に具合が悪くなったかのように瓢は床に仰向けに寝転んだ。額に手の甲を当てて、使った金ねぇ、と呟いて大きな身震いに襲われた。

このページにイラストを設定する