もれいびになれたなら｜リアクション

もれいびになれたなら

●新体操少女の飛躍する想像

「ろっこん、ねえ……。もれいびになったら、世界が違って見えるようになるのかな？」
　篠原翠響は、寝子島スポーツセンター内の体操クラブに所属し、新体操をしている。
　体操クラブでの練習を終え、更衣室で着替えている女の子達はろっこんの話をしていた。
「篠原さん、ろっこんが使えるとしたらどんなのがいい？」
　隣のロッカーにいた少女が、翠響にそう尋ねた。
　そんなのものは持っていないけれど、もし、もれいびになれたら……と考えてみる。
　ろっこんに関しては興味はそそられるが、同時に手の届かないものだ。
　それ故、もれいびに対してはそれほど羨ましがったりすることはなかったりするが、もし使えたら……と思うことも。
「ろっこんって魔法みたいなもの、だったよね？　そういうのって実感わかないな」
　と言うが、憧れは人一倍強い。

　帰り道、もしも……と考えながら自宅への道のりを歩く。
（あたしがろっこんを使えるようになったら、どんな能力がいいかな……たとえば……）
　たとえば空が飛べたら……と、自分が自由に空を飛ぶ姿を頭の中で思い描く。
　友達に話したら「そんなの、ありきたりじゃない」と言われそうだ。
　新体操のコーチに「ジャンプ力が今ひとつ足りない」と言われて以来、それがネックになっているような感じだったりする。
　ネックをろっこんの力で足りない分をカバーできればな、とふと思った。
「ろっこんでジャンプ力と滞空時間が伸びればいいかなー」
　そうすれば、コーチにも「今一つ足りない」なんて言われない。むしろ「良くなった」と言われるだろう。
（だけど、ろっこんで欠点カバーしても……あたし自身の力じゃないし。こういうのは自力で克服しなきゃね）
　指摘された点は自力で改善したい。現実的な思考が、使いたいろっこんの想像を一旦休憩させた。
「それとは別に、空に浮かんでいる時の、何と言うか、地上に縛られているような……。あの嫌な感じから解放されて宙ぶらりんになった……」
　浮いている時に自由になった感じが、より一層、強く感じられるじゃないかな？　という思いも湧いてきた。

　他には……と腕組みをして考える。
「空が飛べる以外の能力なら、変身能力かな？　魔法少女でも、子供でも、猫でも」
　何にでもなれたら、きっとそれだけで世界が変わるかもしれない。
　魔法少女になれば、空も飛べるし、困った人を助けられる。
　子供になれば今までと違った目線でいろんな景色を楽しめる。
　猫になれば、狭い場所に潜り込んだり、木に登って高いところを見下ろしたり、屋根の上でお昼寝ができる。
「変身だけでなく、性別を変えられるのもいいかも。男の子になってみたいな」
　自分の知らない男子の世界も知るのもいいかも、と想像してみたりも。

　もれいびになれたら、寝子島以外の変わった世界を見てみたい。
　篠原翠響の想像は、広い空、大きな世界を旅しているかのように膨らんでいった。
「もれいびになれなくても、いつかは世界に行ってみたいな。行くとしたら……新体操でかな？」
　頑張ろー！　と翠響は自宅に向かい、元気良く走り出した。

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