花愛で狐と秋の花｜リアクション

花愛で狐と秋の花

◆喪ったぬくもり
　あまり光も差し込まぬ場所。
　それでもその赫は怖いくらい鮮明なもので静かで。
　恵御納理沙が最終的にいざなわれたのは、この彼岸花の園であった。
　自身が心の奥底に秘めたものを見透かされたのか。
「ここはとても静かね。……亡き人にも声が届きそうな位に」
　自身の声さえ、己に響くような静けさ。
　あまりに静か過ぎて、痛む心の聲さえ隠せない。

　思うのは、あの子のこと。
　守れなかった存在を理沙は今も心に残し続けている。
　自分には愛しい旦那様が居て、可愛い娘もいるけれど。
「……息子もね、産まれるはずだったの」
　ただ、傍にいる狐に零すように溢れさせた。
　無事に産まれたなら、次の冬で二歳という時の流れを刻んでいたはず。
　産まれていたの、なら。
「……私ね、あの子の事……守れなかったの」
　夏の終わり、暑い日だったのを覚えている。
　病院で性別も判り、これからを楽しみにする要素も増えたあの日。
　彼女は無邪気な悪意に晒された。
　押された感覚も、落ちていく何かも、喪ったぬくもりと。
　どれもふんわりと笑う理沙の中にしまわれたもの。
　彼女が責めたのは他の誰でもない自分であった。
　私が。
　私が、あの子を。
　震える。溢れる。悲しみと後悔と。やり直せない時間と。
　どれも押し寄せて。
　ぽたり、ぽたり。頬を伝って、花へと降る雫。
　止まることも、止め方も知らない其れ。
　出来たのは、叫んでしまいそうなくらいの声をただ、喉にしまい込むだけ。
　立っていることさえ出来ない、抜けた力は、上手く戻せなくて。

「ごめんなさい……守れなくて、ごめんね……」

　誰も守れない。
　今この寝子島にいる娘も、産んであげられなかった息子も。
　自身とお腹の子を守れず、すまないと零した自身の愛する旦那も。
　そんな顔をさせたいわけじゃなかった、謝るのは私なのにと。
　理沙の心の中ではまだ沈められぬ思いが、心を抉る。
　ごめんなさい、それは絶え間なく、雫と共に落ちて地に染みてゆくもの。
　傍の狐のぬくもりがあたたかすぎて、また泪となる。
　痛いのに優しい感覚。静かなこの場所が、花が、隣のぬくもりが。
　溢れる雫を凡て受け止めてくれるようだった。