花愛で狐と秋の花｜リアクション

花愛で狐と秋の花

◆誘いは未だ、先
　甘く香る金木犀と可憐に揺れる秋桜。
　人懐っこくて可愛い狐たちのいるこの広場で花風冴来はそっと足を止めていた。
　ちょこんと座る狐の横に自分も座って。
（今日はここでゆっくりしようかな）
　眠ってしまいそうなくらいのどかで、穏やかなお花見。
　今は少しだけと、甘く流れていく香りに瞳を閉じていたけれど。
　ふと気づいたのは別の途へ入っていく狐の姿。
　金木犀の途切れたその先に。
（なにか、あるの――？）
　そっと後を追う。
　何かがありそうな予感だけをその胸に宿しながら。

「お花見も楽しそうね？」
　恵御納理沙もまた、狐の後を追いかけて広場にやってきた一人であった。
　賑やかな雰囲気、混ざってみたいと思いもしたのだけれど。
　自分が追いかけてきた狐はまだ奥へといってしまう。
　見失いそうなその姿。
「待って！？」
　理沙は必死にその後を追う。
　
　ここに辿り着いた理由は、御鏡聖も似たようなものだった。
　神社の方から、神社の人に断りを入れて訪れた九夜山。
　誘われた先には金木犀と秋桜が咲いている広場。山の中から景色は一気に色で彩られた。
「わあっ、綺麗ですね……」
　瞳に映るのはオレンジとピンク。鼻先に届くのは甘い花の香り。
　一瞬捕らわれてしまったのではないかと錯覚する程。
「あっ……見惚れていてしまって、ごめんなさい。今日はここを教えに来てくれたんですか？」
　はっと気づいてから狐に訪ねてみると、頷くような、けれども少し違うような。
　返ってきたのは曖昧なもの。
　ちらりと聖を見て、くるりと振り返る。
　行き先は奥。
「えっと、こっちですか？」
　答えはなかった。けれど行く先に間違いは、きっと。
　
　ぽり。ぽり。
　狐と一緒に食べるクッキーの味は美味しい。確かに美味しいのだけど。
　宇佐見望月の思考の中は今、別のことのほうが大きく占めているようで。
　狐にちょいちょいっと手招きをする。
　応えるようにそばに寄った狐に、望月はこう耳打ちをする。
「……なぁ、狐。こん中に雄狐って何匹いる？」
　細かいニュアンスは伝わらないのか、返る首傾げ。
「ああ、もう。それじゃちょっとここに居る何匹かでいいからさ……ちょーっと離れて話せるところ無いかな？」
　ここではどうにも言い難い。
　色も鮮やかで、華やかで、眩しすぎるから。
　また応えるように一匹の狐が歩き始めたなら、一匹、また一匹と続いていく。
　望月も倣うように続く、それが案内だというのなら。

　そんなクラスメートの後ろ姿を見送ったのは楪櫻だった。
　櫻もまた、ここの狐たちと縁のある者の一人。
　今日もその一匹の後ろ姿に誘われて、こうして。
（この場所に連れて来られたのは驚いたが、狐達と静かに花見というのも悪くない、か）
　春に見たこの場所は今とは色合いも、風の匂いも違っていた。
　あれから続いていることといえば、狐たちが好きな花を届けることだったろうか。
　今日もまた持ってきた花を置こうとしたのなら、狐がそっと口に咥えることで花を受け取る。
　狐が持って行きたい所に持っていけばいいと、櫻も其れを止めることはなかった。
　振り仰ぐ金木犀は、秋を告げる色。
　穏やかに時間が過ぎていく場所では有るのだけれど。
　ただ。
（……ここは聊か人が多いな）
　狐の花見を聞きつけた人は決して少なくなかったからか、人がよく視界に入ってしまう。
　少し離れようとした櫻の傍ら、花を咥えた狐が向かうのは奥。
　奥ならば、もっと静かだろうか。
　来た時と同じように、委ねるように狐の後を追う。