天使のたまご｜リアクション

天使のたまご

●終息
　
　皆が一斉に声の方を向いた。
　修が腕組みして、複雑な表情で立っている。
「もっと早く出てきたかったんだが、みんな忙しそうだったからな」
　平蔵さん、と修は遠慮がちに声をかけた。
「悪いとは思ったんですが、お宅の中を見せてもらいました」
　さっ、と平蔵の顔から血の気が引く。
　言おうかどうしようか迷ったのだが、ここは自分は全部知っている、と平蔵に分かってもらった方が話が早い、と判断したのだ。
　修は、上手くこの場の全員に『平蔵の隠そうとしていた物』には触れずに事件の全容を伝える事に成功した。
「お、おおおおお……」
　平蔵は顔を掌で覆い、地面に突っ伏して悲痛な呻き声を上げている。
『俺は、平蔵さんの黒歴史の内容を誰かに伝える気はありませんよ。安心してください』
　修は、一応フォローを入れておく。
「要するにアンタはなんか隠したいモンがあって、あたしに『しばらく離れて暮らそう』っつったり、こんなバカげた騒動を起こしたりしたわけだね？」
「い、いや、その……」
　かなり抑えてはいるが、久子の声には見えないトゲがあった。
「ふざけんじゃないよ！　この……」
「ちょ、ちょっと待ってください！」
　円が平蔵と久子の間に割って入る。
「平蔵さんにも、何か他に事情があるのかもしれないし……もっとちゃんと話を聞いてあげたほうが」
「そうかねえ……」
　久子は半信半疑ながら、何かワケがあんのかい？　と平蔵に訊ねてみた。
「実は……ワシは、もうあまり長くないんじゃ……」
「えええっ？！」
　突然の告白に、動揺の波紋が広がる。
「だから……だから、死ぬ前に自分の恥を埋めてしまいたかった……！　ワシが死んだ後に、アレが人目に触れるのは耐えられんッ……！」
　平蔵は喋り終えると、またもや突っ伏してしまった。
「……ねえアンタ？　自分がもう長くない、ってのは何でそう思ったの？　……もしかしてこないだの健康診断？」
　久子の言う『健康診断』というのは、寝子島で特定の年齢以上の人間が無料で定期的に受診出来る公共サービスである。
「そうじゃが……」
「このアホ！」　
　久子は平手で平蔵の薄くなった頭をハタく。
「アンタ、あれだろ？　先生に『私、死ぬんでしょうか？』みたいな事言ったんだろ？」
「う、うん。最近動悸がするから心配で……」
「そしたら死にますよー、って言われたんだろ？」
　平蔵は黙って首肯した。
「ありゃ、あの先生の持ちネタだよ！　その後『死にますよー……千年経ったら誰でも』って続くんだよ！　ちゃんと聞いてなかったのかい？！」
「『死ぬ』って聞いたら目の前が真っ黒になって……」
「っとにもう……」
　久子は、深く深く、ため息をついた。
「アンタ、無駄に元気で健診なんか行った事なかったからねえ……」
「す、すまん」
　安心したのか、平蔵は肩は落としているが、もう俯いてはいない。
「だいたいアンタ、歳も歳なんだから、そんな事でいちいち動揺すんじゃないよ」
「ま、まあ、その、もういいじゃないですか？　色々誤解も解けて、一件落着ってことで。仲直りしましょう」
　ひたすら呆れている久子に向けて、円がおずおずと声をかける。
　まあ、終わったことだしねえ……と、久子は気の抜けた顔で言った。