天使のたまご｜リアクション

天使のたまご

●天使のたまご

「……平蔵さん、折角だし、これ、一個ここで上げてみないのだ？」
　ぽつりと、真央が口に出した。
「あたしも、少し見てみたいな」
　遠慮がちに、小鳥も言う。
「上げる、って……花火をかい？　色々取りきめもあるし、そういうわけにもなかなか……。打ち上げの準備もないし」
　平蔵は難色を示すが、
「もし上げるのなら、僕がやるよ」
　夏朝はけっこう乗り気で、シートになっている『ねこシール』を取り出す。
　ろっこん『重く軽く』を使うつもりであった。
「そうだな。一つ、区切りってことで、パーッと一発打ち上げる、ってのも悪くねえ。どうだい、爺さん？」
　柘榴が言うと平蔵も、
「まあ、今ならざっと見た限り、わしら以外人もおらんし、一発くらいなら大丈夫かのう……」
　と、納得する。
　
「気をつけてな」　
　平蔵が火を点けた後、夏朝がねこシールを貼りつけ、大きく振りかぶった。
　花火玉の目方は、めいっぱい目方が軽くなっている。
「僕が願っていいかはわからないけど、来世では……できれば彼らに縁ある本当の赤ちゃんに産まれてきてほしい……」
　夏朝は花火玉を手に、呟いた。
　これは、さっき梢が蝶にした“花子”ではないが、平蔵が作った、という意味では『子供』と言ってしまっても差し支えないかもしれない。
　夏朝は想いを込めて思い切り花火を投げた。
　ねこシールの付いた花火玉は、恐ろしいスピードで遥か上空に向かって飛んでいく。
　やがて、夕暮れを背景にして美しい花火が爆ぜる。
　幾何学的な火花模様が海上の空を、見事に彩った。
「じゃ、ボクも」
　小鳥はフルートを取り出し、そっと歌口に唇を当てた。
　優しい、澄んだ音色が辺りに鳴り渡る。
（花火は、鎮魂の意味がある、って昔どこかで聞いたな……）
　蓮太郎は、知らず感傷的な気分になっていた。
「俺も唄うか……」
　朗々とした歌声が響く。
　ロケーションの影響もあり、皆、雰囲気に浸っていた。
「きれい……。えっ？！　な、何ですっ？」
　小路が息を呑んで、軽く叫ぶ。
　一瞬、周囲が星空に包まれたような錯覚に陥ったのだ。
　他の人間を見てみても妙な顔をしているので、小路と同じように感じているらしい。
「う、うわっ！」
　また、誰かの声が上がった。
　蓮太郎の周りから人間が引き、円が出来ている。
　そしてその姿は、妖しい魅力を湛えた、若々しい美青年に変貌していたのだ。
（花子ちゃん……花火だとわかっちゃいたが、ちょっとやりすぎたかもしれんな。俺も感情移入しすぎたか……）
　何か悲しい事を思い出したのか、感極まった蓮太郎の眼には涙が浮かんでいた。

（ま、今回の事件も興味深かったし、良い退屈しのぎになったよ）
　紫鶴は、空に咲いた花火と周囲の人間を見やりながら、心中で呟く。
「……僕は、フツウを守れたかな」
　刀が、自らの頭を手で抑え、ぽつりと漏らした。
（花火は、平蔵さんの生き方に置いて人生を賭けたもの。……本当の子供のような物。だから命を吹き込めたんじゃないかな）
　円も遠い目をしている。何か様々な思いが胸を去来しているようだ。

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