天使のたまご｜リアクション

天使のたまご

●真相

（町の人が、平蔵氏の手に泥が……と言ってたので床下にも注目だな）
　修は久子宅を訪問し情報を得た事で、だいたいの事情は推察出来ていた。
「後は詰めだけなんだが……」
　ブツブツ言いながら居間に当たるらしい、広めの襖を開ける。
「っ！」
　修はやっとの事で声を上げてしまうのを抑える。
　中の部屋は尋常な状態ではない。
　畳は全て上げられ、床下の土は露出している。
　のみではなく、大穴が掘られていた。かなり地中深くまで穴が開いている。
「わー、すごい大穴」
「うおぉ！」
　流石に声が出てしまったが、慌てて喉奥に押し込んだ。　
　いつの間にか翠響が修の肩口から顔を覗かせている。
「これ……どういうこと？」
「俺は、平蔵氏の別居中の妻、久子さんを訪ねた。そこで聞いた話だと、別居を言いだしたのは平蔵氏の方からで、しかもそれは最近の事。別に仲が悪くなったわけではない。二人の間に子はなかったが、平蔵氏は子供に特別な思い入れがあったわけではない……という事は、花火を赤子だと言い張っていても、そこに平蔵氏の心の闇はない」
「ふむふむ」
　修は、何となく翠響に小声で解説を始めてしまっていた。
「そして、屋内に居たにも関わらず、近所の人が訪ねて来た時に平蔵氏は泥をつけていた……。ここから考察出来る事は、平蔵氏が床下を掘って何かを隠そうとしている、という事だ」
「どうして？」
「仲が悪くなったわけでもないのに別居しようとしたのは、久子さんに隠れて何かするべき事があったため。花火で騒動を起こしているのは、人を近づけないため。花火を赤子に見せかけるのは、本気で危険だと認識されて無理やり踏み込まれると困るからだ。平蔵氏としては、ふんわり『何となくヤバそう』と思われてみんな近づかなくなる、という状態が望ましいわけだ」
「なーるほどー」
　おおー、と言って翠響は小刻みに両掌を合わせ、控えめに拍手する。
「あとは、平蔵氏が何を隠そうとしているのか？　が分かれば完璧なんだが……」
　修は、犯罪性のあるようなものだと後味が悪くなるな、と思いながら穴の中を覗きこんだ。
　何か入っているらしい気配はあるが、それが何か、まではわからない。
「あ、こっちに何かあるよ」
　翠響は、古びた紙の束やノートを持って修を招いた。
　部屋の隅にこんもりと積まれている。
「ほう」
　修は紙束を手にとって開いた。
「……こ、これはっ」
　紙片の一つに眼を落とし、修は絶句する。
「どれどれ」
　翠響も一緒に覗き込んだ。
『恋の予感　消せない直感……。これは、愛のはじまり。
　　　時の彼方の光の国で、僕達は何をしているだろう？　
　　　僕には想像力の翼が生えていて、どこにでも行ける。
　　　　久子さん、僕はあなたを抱いて、世界の果てに飛んでいきたい。
　　　　　　　未来……永遠？　僕達はその時、無窮の幸せの国にいる……』
「お、おおぅ」
　翠響は思わず声が漏れそうになり、口元に手をやった。
　修が紙束を置いたので、翠響は持っていたノートを開いてみる。
『帆船は、猛り狂う波の上をまさに木の葉のように、揉まれていた。船上には船員、海賊共が入り乱れて戦い、さながら現世の地獄である。平蔵は自らの豪勇を頼み兇刃の中に飛び込んだ。まさに血潮の洪水の中を真紅の、一匹の獣のように荒れ狂い、バッタバッタと海賊共を薙ぎ倒し……』
「こっちは、自分を主人公にした冒険小説ですね」
　翠響は中を確認すると、『けっこう恥ずかしいかも』と苦笑しながら呟き、今度は別のノートを手に取った。
「やめろぉ！」
　修は、翠響からノートを奪い取り、穴の中に放りこんだ。
「な、何するんですか？！」
「せめてもの情けだよ……とにかく、これで知りたい事は全部わかった。あとは、平蔵氏に会い、彼の心を解きほぐすんだ！」
　修は強い意志を瞳に宿し、平蔵の元へ向かう。