エイプリル・ウール｜リアクション

エイプリル・ウール

●例えばそれはハンティングのような

　――キャットロード。に備え付けられたベンチ。の上。
　登校に勤しむ学生たちを横目に見ながら、七緒璃音はベンチに座り込んで携帯電話を見ていた。画面に表示されているのは『ねこったー』と呼ばれる短い文章を投稿、共有できるサービスである。
　座り込んで、というよりも半ば寝ているような姿勢で、七緒は携帯を操作している。着ている制服がはだけることも気にしていないようだ。

＜夜中まで漫画読んでたせいで寝不足なう＞

　ねこったーに打ち込んだ自分の投稿を確認して、少し目を閉じる。朝日が目に痛い。画面を更新すると、既にいくつかの返信が届いていた。その間、一分三十秒。
「君たち、ほんとヒマだねェー」
　画面を見ながら七緒が笑う。自分のことは棚に上げているが、もちろんそれも込みでの発言だ。

＜夜中まで漫画読んでたせいで寝不足なう＞
＜＠おりおん　羊を数えてあげようｗ　羊が一匹、羊が二匹……＞

「寝るわ！　ってか羊……羊か」
　思わずリアルでツッコミを入れつつ、七緒が呟く。そういえば、昨夜から『ねこったー』でも動物園から逃げ出した動物たちの話題が幾つか挙がっていた。何の気なしに『ねこったー』で羊のことについて検索してみると、それなりに発見情報もあるようだ。
　見るからにネタに走っている内容がほとんどだが、中にはそれなりに信憑性が高そうなものもある。
「へぇー……面白そうだし、どうせならちょっとまとめてみようかな……っと」
　勢いよくベンチから降り立つ。翻るスカートに何人かが視線を（悟られないように）送ってきていたが、軒並みストライクゾーンから八メートルは外れていた。
　気にせずに、歩きながら携帯を操作する。一応は学校へ向かう姿勢を見せよう、という七緒だ。

＜ZZZ……ハッ！＞
＜寝るわー。って言うか寝かされたわーｗ　そういえば、羊が逃げてるらしいね。というわけで（？）＞
＜【急募】寝子島で脱走中の羊に関する情報とか＞

　連続で投稿してから、はたと何かに気づいたように立ち止まる。
　恐らくは、動物園も『ねこったー』のアカウントを持っているはずだ。というか昨日の夜に見た気がする。まとめた情報は、とりあえず動物園のアカウントに流しておこう。
　そう考えた。が、そんなことよりも大きな思い付きが七緒の胸中で溢れていた。
「ネットの情報だけじゃ足りないかもしれないから、ね。うんうん。ウチも羊を見た人がいないか、聞きながら登校といこうじゃないの」
　誰に聞かせるわけでもなく、呟く。
（決してオッサンに声掛けるとかそういう邪な考えじゃなくてですね、うん。羊の目撃情報とか手に入るかもしんないじゃん。ね。うん。仕方ないよねー）
　自分に言い聞かせるように心の中で何度か「仕方ない」と繰り返しながら、その目は既に周囲のダンディでナイスな殿方をサーチしている。やがて、ストライクゾーンど真ん中のターゲットを発見し、急速に接近。
「あ、すみません、ウチ……いえ、私、寝子島高校の二年生で……」
　笑顔を浮かべながら自分の体に腕を回し、じわじわと近づいて、身を寄せた。そして、困惑する相手を上目遣いで見ながら、困った表情を浮かべた。
「あの、えっと……羊見ませんでした？」
　その言葉に、相手の表情はさらに困惑の色を深めた。

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