春特有の、日差しが暖かい、ある朝。いつもとかわらない、日常の一片。
「ぬぅおー……!」
寝子島高校一年、滝野時雨(たきのしぐれ)の朝もいつもとかわらず、寝坊から始まっていた。
味噌汁ぐらい飲んでから行きなさい! という母親の声も聞かずに、慌てて玄関を飛び出す。
布団の気持ちよさに身体を任せて、あと五分……あと五分……と、ギリギリまで寝て、結局はダッシュ。朝の睡魔には勝てない。
最短ルートを選択し、走る。走る。角を曲がった――その時、足元に『何か』の陰が見えた。
「うわっ」
慌てて避けようとするが、バランスを崩して『何か』に顔から突っ込んでしまう。
ぼふっ。という、感触があった。
ふわふわ……というよりは、ごわごわ。そしてちょっと、動物のニオイ。
次いで、目に入ったのは……つぶらな瞳。
「ンメェベェヘェ~」
羊だった。どこからどう見ても、羊だった。
もこもこで、少しごわごわの羊が、口をもぞもぞと動かしている。
「ヒィ……!」
滝野の口から、情けない声が出た。一瞬だけ、視線が空に向けられる。
そして、後退りしながら逃げるように、その場を離れた。
特別、動物が苦手なわけではない。どちらかといえば好きな方だったが、しかし。
彼は、羊を見ると――。
――同刻。
シーサイドタウン駅前の大型モニターには、ニュースが流れていた。
『……では、続いて昨夜またたび市動物園から逃げ出した動物達についての続報です。発見者から通報などの協力もあり、現在ほとんどの動物達が園に帰っている模様です。しかし未だに羊が数匹、発見されておりません。見かけた方は、最寄の交番か、またたび市動物園までご連絡ください』
横断歩道の手前で信号が変わるのを待ちながらモニターを見上げていた少女が何かに気付き、空を指差した。
「流れ星! いま!」
あいた手で隣にいた母親の服を引っ張りながら、飛び跳ねる。
それを見て母親が、笑顔で子供の頭を撫でた。青空に流れ星が見えることなんて、ないと思ったのだろう。
信号の色が変わる。子供の興味は、横断歩道の白線だけを踏む遊びに移ったようだ。
頭上のモニターの中では、キャスターが慌しく横から差し出された紙を受け取り、それを読み上げるところだった。
『緊急速報です。寝子ヶ浜海岸に、隕石が落下した模様です。幸い、怪我人は出ておらず建物の被害もないとのことです。続報が入り次第、追ってお伝え致します』
「あー。やっぱり、なぁ。でも……海でよかった」
何か気がかりなことでもあったのか、駅前まで出て様子を伺いに来ていた滝野が、モニターを見上げながら呟いた。
困った表情を浮かべながら、恐る恐る辺りを見渡す。見える範囲に、羊の姿はない。
滝野は短く息を吐いて、ひとまず胸を撫で下ろした。
「……学校の側に、いませんように」
そう、祈るように囁いて、走り出す。
目指す寝子島高校の周辺に、その羊がいることも知らずに。
ひつじこわい。
あ、ご挨拶が遅れました。はじめまして。歌留多と申します。
簡単に要点を述べますと。
●滝野時雨
彼は、『羊を見ると隕石が降るろっこん』の持ち主です。
半径一キロメートル以内にランダムに落下します。
今回は、たまたま海でした。よかったです。
ちなみに彼は、無遅刻と無欠席を心掛けています。
実現できているのかは、謎ですが。
●アクション!
羊を捕まえたり。
羊を捕まえるフリをして、もふもふしながらも羊を捕まえたり。
そもそも、どこにいるのかわからないので探してみたり。
捕まえた羊を、動物園に返したり。
滝野の所まで羊を運んだり……したら、ちょっと大変なことになってしまいませんか。あまり、お勧めはしません。
隕石が落ちないようにする。というのが、平和的だと思います。お勧めです。
●というわけで
羊を捕獲するのです。全部で、五匹います。羊が、五匹です。
シーサイドタウン駅(地図で見ると、Jの9辺り)から、寝子島高校(E9辺り)までの区画に潜んでいます。
潜んでいると言うか、草とか食べてます。たぶん。