あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー｜リアクション

あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー

　既製品ではない、濃い色のとろろの上に、黄色の黄身が乗っている。
　月見そば。まさに『月にむら雲』といった風情だ。
　
　さゆるは先ず、蕎麦だけを口にする。ふわりと蕎麦の香気が沁みる。
　そして黄身をつぶし、出汁と混ぜながら麺に絡めていく。
　汁が濁るのが難点だが、こういう食べ方がさゆるは好きなのだ。
　見た目よりもどっしりした質感があり、強いコシとネバリが、実にものを食べているという気分にさせられた。

　食後に出された一杯の茶が、実に清涼だった。
　妙な充実感が、さゆるを満たしていた。

　家族連れは帰っていた。たぶん、午後はどこかに遊びに行くのだろう。
　それでも、それを喜べる気分が、今日のさゆるにはあった。

　自分には、自分の生き方があるのだ。

　先ほど「すすきのー」を歌っていたの、地味だけど楽しそうな寝子高生。
　たぶん彼女は、自分のような殺伐とした生活など、思いもよらないだろう。
　それも人生だ。

　……。

　朝鳥さゆる、金剛優芽。
　二人の少女の取り合わせを、見る人が見れば驚くだろう。

　さゆるの殺伐とした日々。それは彼女の、荒れた心象風景の反映だった。
　並みの不良が恐れをなして逃げ出す、彼女の破滅的な性向。
　そのため彼女は、一匹狼として、ひそかに恐れられ、畏怖されていた。
　それが彼女の孤独をいっそう強いものにしたが、かまいつけることはない。
　孤高の気高き狼。それが彼女だった。

　一方優芽といえば、地味で控えめななりと裏腹の「レディースグループ総長代理」の顔を持つ。
　学校ではばれないようにしているものの、雪だるま式に膨らんだ『シーサイドタウンの女帝』のうわさは、遠く鳴り響き、さまざまな不良を恐怖させる至高の存在として君臨していた。

　寝子島アウトサイダー、その中でも孤高を貫く、異彩の二人。
　その二人が、同じ蕎麦屋で食事をとっていた。

　寝子島裏面史に決して書かれない、秘された歴史の一幕である。