あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー｜リアクション

あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー

「いらっしゃいませー、あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー」

　お茶を出してきた五月に、優芽は「それ、店のテーマソングですか？」と尋ねる。
　ふっふ、とうれし気に笑う五月。「元気な挨拶とこれは、昔からなんですよ」
「とっても楽し気で、よいと思います！」満面の笑顔を作る優芽。「思わず口ずさんじゃいそうです！　すすきのーすすきのー！」
　明るい優芽の調子に、一緒に笑顔になる五月。
「店員さんも、寝子高の方ですよね？　同じ１年生だったような気がします」
「はい、一年です」ふっふと笑う五月。「お客様は……」
「４組です。あ、ちょっと、学校では目立たないようにしてるので……そうだ、注文」あわてて、メニューに顔をうずめる優芽。
「いろいろあるんですね～。なんにしましょう……では、この旬の素材を使った『きのこ蕎麦定食』でも戴きたいと思います！」
「了解しました！　蕎麦屋すすきの真心込めて美味しいお蕎麦をお届けします！
　それでは、少々おまちくださいませー」

　そういって、二人は声を抑え気味に、

「あなたの蕎麦に蕎麦屋すすきのーすすきのー」

　軽く目くばせをして笑いあう。

　楽しげな雰囲気が店内を包む。

●
（……ふうん……）
　スマホにダウンロードした音楽を適当に流しながら、さゆるは店内の様子を眺めていた。
　悪い感じではなかった。
　妙に押しつけがましいアットホームなどは、彼女の苦手とするところだった。
　けれど「すすきの」の、ごく自然な空気というのは、嫌いではなかった。

（……）

　日曜の昼間ということで、家族連れが多い。
　たまの団欒なのだろう。向こうの家族席から、和やかな笑い声が響いた。
　音楽が遠くにフェードアウトしていく。

　一人で食事するのに慣れていた。
　両親が健在だった頃も、多忙な二人と食卓を囲むことは少なかった。
　三年前に彼らが亡くなってからは、食事を誰かととることはめっきり少なくなった。
　何を食べていただろう。ジャンクフード。とんでもなく不味い、高級料理店のデリバリー。
　味なんて考えていなかった。満たされる思いなどもなかった。

（らしくない）
　
　店の雰囲気か、秋の気分のせいか。
　躰にじっと憂愁の気配が溜まった。窓の桟のあたりの翳りが、妙に沁みた。

「おまちどうさまですー。寝子島そば定食です」

　給仕の声で、ふと物思いから引き戻される。
　あ、ありがと。戸惑った声が口をついた。

「どうぞごゆっくり。あなたの蕎麦にそばやすすきのーすすきのー」

　スマホを外し、七味を手に取るさゆる。

　五月は、少し離れたところから店内を見渡し、それからさゆるを見た。
　寝子高の生徒だ。
　正直、あまりいい噂は聞かない。
　人をあまり寄せ付けない空気もあるらしい。

　それでも、家族連れの子供を見る目はとても優し気だった。
　大人びて、透徹したような顔をしていても、たぶん純粋な人なのだろう。

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