あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー｜リアクション

あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー

　金剛優芽は、その日ご機嫌だった。
　秋晴れの空が高い。風も心地よい。
　ここのところ忙しく、任された役職をこなすのが大変だった。
　人間関係は、正直言ってそう得意ではない。
　今日は久々に図書館で本を借りてきた。
　自分の気持ちにぴったり合うような本が、手元に収まる瞬間が、とてもうれしい。
（やはり図書館はいいですね！）本を小脇に抱え、優芽は笑顔で旧市街を歩く。（本がたくさんあって、ワクワクします！）

　彼女のワクワクには、もう一つ理由があった。
　両親が出かけているので、外食オッケーが出されたのだ。
　初めての『おひとり様』。孤独なグルメというやつだ。

（……でも、一人で外食するのは初めて……）。
　ファストフードのテイクアウトなどは経験があるものの、お店の中で食べるのは初めて。
（何にしましょう……）

「あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー」

（……？）
　ふと耳に入った歌声のほうに、優芽は顔を向ける。
（この歌声は……何でしょう？）
　視界に入ってくるのは、こじんまりとした蕎麦屋の看板。

（『すすきの』……お蕎麦屋さんの名前ですね！
　これがテーマソングというものですか！）

　楽しそうなテーマソングのお蕎麦屋さん。
　ここに入ってみるしかない。
　勇躍、優芽は暖簾をくぐった。

「失礼しまーす！」

●

　朝鳥さゆるが「すすきの」を訪れたのは偶然だった。

　その日さゆるは偶々旧市街に用事があった。
　手早く済ませて、参道商店街をぶらぶらしていた。

　日曜の午後からさゆるが活動するのも珍しい。
　用事が済んだからと散策を始めるのも、彼女らしからぬ気まぐれだった。

　休日は大抵、日が高く上がってから起きだす。
　皺ばんだシーツにくるまり、無為に時間を過ごすこともある。
　誰かの体臭、ぬくもりの消えた寝具の、冷やかさが心地よい。
　大概前日は、前後不覚になるまで過ごしているので、起きた時は荒んだ気分になっているのだ。

　シックな秋物と、硬質な美貌。
　道行く人がはっとするほどだが、たんに美しいというのではない、その底にある退廃の気分が、いっそう年若い彼女を、目の離せない魅力的な存在にしていた。

　秋の日差しが重い。
　憂愁の気分が、彼女を取り巻いていた。
　家に帰って何をするでもないが、とっとと食事を済ませてしまうに限る。
　かといって、彼女の気分に合う店というのも難しい。

　銀杏の散る舗石を踏みしめながら、何ということもなくぶらついていると。

「あなたのそばに、蕎麦屋すすきのーすすきのー」

　軽やかな歌声。

　何気なく顔を上げると「蕎麦屋すすきの」の看板。

　（……ここにしよう）
　
　とくに深く考えず、暖簾をくぐる。

　店内は混み始めていた。
　ちょうど、寝子高生と思しきお客に、給仕の人が注文を聞いているところだった。

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