あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー｜リアクション

あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー

　すでに夕刻が迫っていた。
　看板に灯を入れるため、五月は表に出る。

「またね、チャオチャオ！」フィーナとセレッソが店から出ていく。
「ありがとうございましたー！　あなたのそばに、蕎麦屋すすきのーすすきのー」

　セレッソと別れ、フィーナは帰路についた。

　旧市街は夕暮れの色に染まっていた。
　街路を黄金の光が満たし、狭い隘路が複雑な影を作る。
　その彼方には海が広がる。
　岬に抱かれるようにした、静かで穏やかな海。

　ふふっ。自然にフィーナの口から笑いが漏れる。
（気分もいいし、このまま少しぶらついてからかえっかな。
　秋風にあたって、黄昏時の散策ってのも、悪くなさそうだぜ）

　風がフィーナの髪を撫でる。
　町はずれの高台を、見下ろす先は茫々たるすすきの原だ。
　嵐が丘。それは彼女の故郷の、荒涼とした土地を思い出させた。

　先ほど、修の教えてくれた、蕎麦の花の蘊蓄を彼女は思い出していた。

（蕎麦の花が、高原に咲くさまというのは、淡雪が散ったみたいでね……）
　ヨーロッパ南部、プロヴァンスには大きな蕎麦畑があるという。
　ミモザの高原に、さわやかに咲き乱れる蕎麦の花。

　そう言って、修は五月と顔を見合わせて笑う。「あの匂いは、勘弁してほしいけどね」

（のんびり回るとすっか。こういう気分のいい日ってのは、なんかいいことありそうだぜ……）

　そこまで考えて、フィーナはちっと舌打ちをし、電話を取り出す。
（連絡入れねぇと心配されちまうか。あいつら、うるせえもんなぁ……）

　フィーナが去り、人気のなくなった芒の原。

　偶然にも、そこを行き過ぎていくのは、出前帰りに自転車を走らせる五月。

　不意に自転車を止めた。
　何かに呼ばれたように、振り返った。

　ゆっくりと風が吹きわたり、波のように穂を揺らめかせていく。
　静寂に満ちた、なにかの大いなる予感のようなものをはらんだ、神秘的な時間が過ぎた。

……。