あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー｜リアクション

あなたのそばに蕎麦屋すすきのーすすきのー

「あ、少年だ、少年ー！　久しぶりー」
　聞き覚えのある声に、刀は顔を上げる。
　ニコニコと手を振るのは、真境名アリサ。
『美人さんですね』という小淋の評価通り、モデルと見まがうようなすらりとした長身。構いつけない様子のラフな普段着が、躰の線を際立たせている。風呂上りの上気した肌がほの赤く染まって、洗い髪が揺れる。
　テーブルまで案内する五月に「ありがと」と笑いかける。さっきのすすきのー、すすきのーっていう歌、あれ、面白い。好き。
「すすきのーすすきのー！」と歌いながら、アリサはスマートフォンを操作し、「あー！」と声を上げる。
　そのまま、支援部のテーブルに来る。

「少年！　今日は何？　どろどろの三角関係？」
「違いますよ」
「少年！　聞いて！　さっきあたし起きたばかりなの。だから、おはよう」
「……銭湯でも行かれたんですか」
「あ、よくわかったね」
　先日のことがある。この人が風呂に行ってさっぱりしているということは、つまり。
「競馬で外れたんですか？」
「そうじゃないの。当たったのよ！」
「それなら、よかったじゃないですか」
「でも、聞いて」アリサは力説する。「今日は日曜でしょ？　二度寝するじゃない？　そしたら、第３レースが終わってたわけ。買いそびれちゃったわけよ」
「……」
「そしたら、さっき結果を確認したらさ、なんと大番狂わせ、史上最高の万馬券が出たとかで……ううっ、こんなことならやっぱり二度寝するんじゃなかった……」
　がくり、と首を垂れるアリサに、「天麩羅蕎麦お待たせしました」の声がかかる。
　はーい、とすぐに上機嫌に戻り、自分のテーブルに戻るアリサ。

「……なんか、すごい人だね」雅人がそっとつぶやく。「知り合い？」
「知人だ。凄い人だ。いつもあんな風だ」
『女性の知り合いが多いんですね』さらさらスケッチブックに書く小淋に、刀は微妙な顔をする。

「最近こちらもご無沙汰してるからね……」アリサは天蕎麦に、七味を多めにかける。
　最初に、豪快に天麩羅を丸かじり。香ばしい衣と、よく火の通った海老の風味が、アリサを魅惑する。
　そうそう。こんな風な味だった。

「エビがプリプリで衣がサクサク……でもこれをつゆにつけてゆるゆるにするのもおいしい☆」

　そのまま箸で天麩羅を割る。じんわりと脂が出汁に沁みた。
　夕暮れの残照が、店内に差し込む。アリサは天そばをこころゆくまで堪能する。

（昔は、こんな風に過ごせなかったな……）
　人心地ついてお茶を飲みながら、アリサはふと物思いにふける。
（日曜も、ずっと働かされていたもんな……）

　昼過ぎに起き出し、日の高いうちから銭湯を浴びる。
　夜の仕事も、けして健康的とは言えない。
　それでも、沖縄にいたころよりも、ずっと健全で、自分らしい生活を送っていると思える。

　モデルのように美しいが、どこか退廃的で、陰のある美貌の女性。
　静かに日暮れていく蕎麦屋に、その姿はどこか似つかわしかった。