僕らのはらぺこウォーズ｜リアクション

僕らのはらぺこウォーズ

　屍骸は中庭の草むらに倒れていた。
　どちらかと言えば、彼ははらぺこに強い人間である。ごはんを抜きがちだが、結構平気だったりするのだ。
　しかしそれでも、人間である以上、何かを食べなくては死んでしまう。彼の場合、調子が悪くなってきたら、そろそろ何か食べるかと重い腰をあげるのだが、今回はぎりぎりまで空腹を我慢する癖が仇となった。
「へ、へへ……どうやら俺はここまでみてぇだ」
　死刑宣告にも似た、おばちゃんの告白を聞いた彼は、南校舎に戻る途中で力尽きた。
「いつもはどんだけ腹減っても、でぇじょうぶな癖に今日に限ってはそうもいかねぇらしい……」
『……た……て……ボ……を……たべ……』
　どこからか声が聞こえる。
（なんだ、こりゃ……土？　土の声か？）
『ボク達を……べて……ボク達を食べて……』
（……違う。土じゃねぇ。これは土を伝って聞こえる草の声だ）
　虚ろな瞳を見開き、鼻先をくすぐるように生い茂る雑草を見つめた。
『食べて。お腹空いてるんでしょう。いいよ。ボク達を食べなよ』
「お前ら、じ、自分を食えっていうのか？」
『ボク達は平気。それより君のほうが心配だよ。土の下に埋まってそうな顔色してるもん』
「な、なんてこった……なんて大き過ぎる愛なんだよ。なんて自己犠牲の精神なんだよ……」
　グスリと涙を浮かべ、鼻をすすった。
　出来る事なら食べたくない。雑草だって生きている。けど、身体は生きるために食べろと言っている。
「お前ら、すまねぇ……すまねぇ……」
　幻聴まで聞こえ始めて、大分、正気を失い気味の骸は、雑草を食み始めた。
「お前か！　花壇を荒らしてる不届きな奴は！」
　そこに、怖い顔をした先生達が大挙して押しかけて来た。
　まわりをよく見ると、草花を掘り返したような穴ぼこが、たくさん空いている。勿論、骸に身に覚えはない。
　それは、巌がカレーの材料にするために、草花を引っこ抜いてまわった痕跡だ。
「こんな事をして……一体どういうつもりだ！！」
「ち、違……いや、この草は俺だけど、そ、その穴は……お、俺じゃねぇ！」
　骸は雑草をむさぼりながら、慌てて裏山のほうに逃げ出した。

　龍八は、裏山でお昼を調達している。
　ヘビやトカゲを捕まえ、サバイバルスクールで身につけたサバイバル技術を駆使して、調理を行う。
　１）まずは火を起こす。
　２）次に獲物の内臓を十得ナイフで取り出し、魚を捌くように骨を除き、下ろす。
　３）最後は、木串に刺し、血を塗り付けて焼く。
「……時間は片付け含めてギリギリというところだな」
　調理の際に、浴びた返り血を滴らせ、龍八は呟いた。
　それから、焼けた串焼きに、家庭科室からくすねたカレー粉（臭み消し）をまぶして完成となる。
「……ようやく見つけたぞ、草薙」
　不意にそう言ったのは、先ほどから龍八を探していた天野だった。
「俺を捜していたのか？」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあって。単刀直入に訊くが……お前、”あっちの気”があるって本当か？」
「……げほっげほっ！！」
　予想外の変化球に、龍八は串焼きを詰まらせた。
「寮のエロ本がＢＬ本になってた件、真犯人は君じゃないかって気がして」
「な、何の話だ？　ＢＬ本？」
「とぼけるなよ、兄貴とガチムチパンツレスリング本のことだ」
「は？」
「え？　ＢＬって、兄貴とガチムチパンツレスリング、の略だろ？　それぐらい知ってる、馬鹿にするなよ」
「そのＢＬは女子が楽しむほうではなく、ガチな男子が楽しむほうのＢＬだ！」
　その時、草むらがガサガサと蠢いた。
「……なんだ？」
「むしゃむしゃ……ああ……むっしゃむっしゃ……くさうま……」
　目を爛々と（空腹のあまり）輝かせ、草をむさぼりながら、骸がそこに立っていた。
　林の暗がりの下で見る彼の姿は、どっからどう見てもゾンビにしか見えない。
「ゾンビ！？　ブードゥーの屍人が何故、日本に……！？」
　龍八と天野はぎょっとした。
　けど、びっくりしたのは何も二人だけではない。当の骸もびっくりしていた。
　焚き火の明かりを下から受けて佇む、血まみれの龍八は、地縛霊的な何かにしか見えない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ！！？」
「！？」
「！？」
　骸の、雄叫び……によく似た悲鳴に、二人は慌ててその場から離れた。
「……じょ、状況がよくわからん。一時撤退して立て直す」
「あ、待って、草薙……」
　離脱の瞬間、焚き火は踏み消され、山の中は静寂と薄い闇に包まれた。
　ひとり残された骸は、ただでさえ屍色で悪い顔色が、更に悪くなっていた。
「……き、消えた。腐れやべぇよ……見ちまったよ……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」

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