ココデハナイ、ドコカ｜リアクション

ココデハナイ、ドコカ

　カフカたち同様、すでに原因究明のための行動に出ている者もいました。
　その一人がジェームズ・ブレイクです。

　できるだけ無駄な力を使わないよう、腕ではなく腰で、両腕に握った大型シャベルを振り抜きます。
　元は工事現場で使うためのシャベルでしょう。大変に取り回しがいい。ジェームズはたやすく、標的を撃破できました。砂を吐きながら迫ってきた住民（銀行員風）は一撃で砂袋へと帰したのです。
　それにしても、とジェームズは額の汗を拭います。
　いち早く商店街内の工具店でシャベルを入手したものの、これではやはり心もとないものがあります。傭兵時代に愛用していたデザートイーグルと十分な弾薬でもあれば、これくらいの状況、たやすく制圧できていたはずです。
　ジェームズもまた、この世界の囚人（とらわれびと）なのでした。
　少し前、シーサイドタウンのアウトレットにいた時点ではこんなことはありませんでした。それが参道商店街に入って、歩くうち道に迷ったかと思いきや、それまで人間のふりをしていた住民が次々襲ってきたのです。
　周囲を観察すれば、見知らぬ土地であるとすぐにわかります。
　ここはいつもの島じゃない。
　いや、いつもの世界ではないというべきでしょうか。
　真っ先にジェームズが考えたのは、漁港から船に乗って脱出するという方法でした。
　日本の船舶免許はもっていませんが、彼にはカニ漁船に乗っていた経験があります。動かすくらいはたやすい。それでもエンジンが動かないようなら手漕ぎのボートを探せばいいだけのこと。最悪、泳いで島から離れることすら考えました。
　けれどそんなジェームズを待ち構えていたのは、海でも船でもなくループでした。
　どれだけ足を早めようと、結局は商店街から出ることはかなわず、同じ商店街内の別の地点に出てしまうのです。これは何度繰り返しても同じでした。ループに入る地点や、ループ後の出現場所についてはまるで一定していません。
「この状況……」
　かつての任務を思い出します。彼がまだSEALsのワッペンを腕につけていた頃、ある任務で彼は、孤立無援の状況下に置かれました。場所は敵地、相棒はなし。無線も使えぬ状態で、丸一日の移動を強いられたのです。
　たった一人で基地まで帰還せざるを得なくなったあのとき、ジェームズを支えたのは精神力でした。
　戦闘マシーンのようだった時代の彼と、今の彼とは違います。今の彼は銃なき国に住むPTSDを抱えた元軍人です。けれども彼の心の奥には、野生のクーガーがまだ身を潜めているのです。
「少なくとも、敵は飛び道具を使ってこない」
　呟くとジェームズはシャベルを背にくくりつけました。
　どんな悪夢でも、必ず終わりが来るものです。
　このときジェームズの前に、するりと走り込んで来た軽自動車が停車しました。
　エンジンはかかったまま窓が開いて、そこから天動記士郎が顔をのぞかせます。
「どうやら私と同じで、この異空間に迷い込んでしまった人のようですね」
　ジェームズの顔を見ると、記士郎はひとつ咳払いして、
「ええと……日本語は……」
「大丈夫だ。こっちに移り住んで長い」
「良かった。それで、ここから抜ける方法とか、ご存じないですか？」
「二つ質問を受けたな。順番に答える。一つ目、『迷い人か？』についてはイエスだ。二つ目、『抜ける方法は？』についてはノー」
「なら一緒に探しませんか？　私たち以外にも迷い込んでいる人がいるかもしれません。それを助けながら、ですが」
　記士郎はドアを開けました。ジェームズはうなずいて乗り込みます。
　記士郎は背の高い方ですが、それよりもさらにジェームズは長身です。軽自動車の助手席はいささか窮屈そうでした。