その日の夕方、参道商店街に来ていたあなたは、ふと、見知らぬ場所にいる自分に気がつきました。
あるはずの店がない。
気まぐれにいつもと違う角を曲がったら、見覚えのないところに出てしまった。
まっすぐ歩いていたつもりが堂々巡りで、いつまでたっても目的地に着かない……。
など、その表れ方は様々ですが、いずれにせよ、地元のはずのこの商店街で道に迷ってしまったのです。
行き交う人たちも見知らぬ顔ばかり、いつの間にか空は薄紫色に変わっています。
――どうなってんだ、こいつは。
詠寛美(うたい・ひろみ)もまた、この不可解な空間に迷い込んだ一人でした。
彼女は寝子島に来てそう間がありません。それでも、この状態が異常なのはわかります。
どこに境目があるのか判断できませんが、日常の範囲から外れてしまったのは確かなようです。
それほど冷える季節でもないというのに、空気は、濡れた砥石で磨いだナイフのように冷ややかで、常にどこかから見張られているような感覚がありました。
「!」
強烈な視線を感じ寛美は振り返りました。
無意識的に空手の構えをとったものの、そこにいたのは小型犬を連れた老婦人と知ってほっと息を吐きます。犬も夫人も温和そうです。
自分の過剰反応を恥じて下を向くも、すぐに寛美は肌が粟立つのを覚えました。
チワワとおぼしき小型犬が、口からとどめなく黒い砂のようなものを吐いているのです。
よく見ると砂は吐きだされているというよりは、ザーッと流れ落ちているというのに近い。
犬の足元には、みるみるうちに黒い砂の山ができていくではありませんか!
寛美は絶句しました。
ところが、そんな寛美の様子を見ても老婦人はまるで驚きもせず、
「あらあら」
と犬を抱き上げたのです。
すると犬が突然、老婦人の手に噛み付きました。
ですがやはりまったく老婦人は動じることなく、そんな犬の頭をなでながら寛美に背を向けて立ち去ったのでした。
ほんの一瞬しか見えませんでした。
しかし、寛美は確かに見たのです。
犬に噛まれた老婦人の手からも、赤い血ではなく黒い砂が、一条の小川のように流れ落ちていったということを。
さあ、あなたは、どうやってここから脱出しますか?
マスターの桂木京介です。
私にとってダークなシナリオはこれが初でしょうか。
商店街にいたはずが、ここではないどこかへ迷い込んだ皆さんの物語です。
舞台となる夕暮れの商店街は、いつまでもどこまでも続いていく不可解なループ構造になっています。参道商店街に似ていますが、まったく見覚えのない別の場所です。どこなのかはわかりません。
時間の感覚はありますが、時計の針はまったく動きません。つまり、何時間過ごそうと、いつまでも夕暮れ時ということです。
シナリオの目的は、ここから脱出することです。
怪異は、この世界に囚われてしまったことにとどまりません。
この世界の住人はみなさんに襲いかかってきます。
そのほとんどは砂の詰まった人型の怪物です。動作はどこか緩慢で、力も普通の人間よりも弱いため、倒すのはそれほど苦ではないと思われます。ただし、数が多いので厄介です。倒しても倒しても、どこかからわいて出てきます。一部にはこちらを惑わすようなことを言う者もあるかもしれませんが、耳を貸してはいけません。
暴れに暴れて危険人物とみなされるとか、何らかの脅威をこの世界に与えた場合、キャラクターは排除されて元の世界に戻れるでしょう。
さもなくばこの世界の謎を解くか……?
もちろん、こんな状況でもマイペースを貫くというのも、『らっかみ!』らしくて良いと思います。
■NPC『詠寛美(うたい・ひろみ)』について
未登録キャラクターで、以前、拙シナリオ『辻投げじゃ! 辻投げ!』に登場したことがあります。
空手と柔道を体得した格闘少女です。今日は薄手のジャンパーにスニーカー、目深に被った野球帽という格好で参道商店街を訪れました。
彼女も脱出を目指すべく孤軍奮闘しています。過去、知り合いであったかどうかは関係ありません。彼女と協力して脱出したいという方は申し出てください。(※『辻投げ~』シナリオを読んでおく必要はありません)
ただし、すみませんが、必ずしも希望に添えるとは限らないということをあらかじめ申し上げておきます。
それでは、皆さんのご参加をお待ちしています。
次はリアクションでお目にかかりましょう。
桂木京介でした。