ココデハナイ、ドコカ｜リアクション

ココデハナイ、ドコカ

　血陣遵が眼前に展開しているのは、自身の血を固めた鉄錆色の盾です。文字通り身を削って作り上げたこの盾は両腕に装着されており、機動隊の持つジュラルミン製のシールドに匹敵する強度を発揮していました。
「自分の不幸体質が呪わしいよ……」
　遵は気がついていませんが、彼がソフィ･Ｃ･リードホルムと選んだルートは、西へ西へと向かう道のりでした。ループの度合いは大幅に下がり、いよいよ寝子島神社への階段が見えるほどの距離になってきましたが、それゆえに相当数の、住民たちに襲われる結果となっていたのです。
「ソフィ君は僕の背後に隠れて！」
　ソフィの前で情けないところを見せるわけにはいきません。遵は両腕の盾を振りかざし、次々と敵を撃破していきます。体力の、いえ、気力の続く限りこうやって進む所存です。
「血陣さん……無理はしないで下さい……」
　決して遵は大男ではありませんが、ソフィの目には彼の背が、とても頼もしいものに見えました。彼といる限り怖いものはないようにすら思います。
　ソフィも戦っていました。遵が明るい道を選んでくれているので、氷塊を発射するのも容易です。かといって『ろっこん』ばかりに頼っていられません。彼女は近場の相手には、途上で拾ったホウキを振り回して戦うのでした。
　このときソフィは感じました。なにか熱源が後方から近づいていることに。
　なんと表現すべきでしょう。そこには生命の熱のような感触がありました。
　明るいブロンドの髪の青年です。彼は遮二無二ふりまわした拳で、周囲の怪住民たちを砂に変えてしまいました。
　そしてソフィたちに呼びかけたのです。
「そこにいるのは人間か？　俺たち同様に出口を探しているのであれば、共闘を願い出たい」
　目鼻立ちは整っており、眼鏡の奥には知的な瞳があります。虚ろな目をした『ヒト』ばかり見てきた身としてはその目を見ただけで、信用できると断言できます。
「ええ。私はソフィ、ソフィ・リードホルムと言います」
　眼鏡の位置を直してソフィは答え、遵のことも紹介しました。
　あちらもふたり連れのようです。くりっとした目の女性がブロンドの彼に同行していました。
「俺はクルト･エールヴァール、大学生だ。こっちは」
「嘉島和穂です。やっとまともなヒトが見つかったぁ……。ずっとふたりっきりだったから嬉しい反面、心細くもあったの」
「嬉しい？」
　クルトが訊き返しました。
「あーいえ、聞き流して下さいっ」
　てへへとはにかんだように笑う和穂でした。ここに来るまで何度も怖い目にあったのですが、そのたびに彼女はクルトに、「きゃー」と抱きついたりしちゃったりして、それなりに役得を満喫していたりするのです。タフですね。
　タフといえば和穂は、
「む……！　クルトさん後ろっ！」
　電気が走ったように超反応しました。倒したと思った砂人間が、まだ砂化しておらずゆらりと立ち上がったのです。
　とっさのことながら和穂は、機械のように正確に動き出していました。
　心を落ち着けて、手にダーツを握ります。途中、スポーツ用品店を見つけて拝借してきたものです。
　いつものようにやれば問題はないはず。
　プル（中心）を狙うように。
　ヒトに当たればいいのだから、大事なのはタイミングです。
　幸い標的は和穂に気がついておらず、額はガラ空き。
　ダーツを投げます。
　手の一部のように。
　手の一部を、放つように。
　さくっとダーツは標的の額に突き立ちました。そこから黒い砂がざばっと洩れ、相手がたちまち砂袋に変わるまでの時間は、一秒ほどもなかったことでしょう。
「やった！」
　とガッツポーズする間もあらばこそ、和穂は悲鳴を上げることになったのでした。
「何か来ま……暴走車！？」
　バンッ、と店の看板が弾け飛ぶのがわかりました。
　花屋の移動屋台を突き破って、ワンボックスカーが飛び出して来たのです。
「自動車がこんなところに！」
　反射的にクルトは和穂に飛びついていました。
「ソフィ君！」
　遵は決死の覚悟で、右腕でソフィを己の背後に回し、左腕の盾を突き出しました。
「血陣さん……！」
　信じましょう、とソフィは叫びたかったのですが、声は掠れて言葉になりません。
　ソフィには確信がありました。
　車を運転するのが『住民』だとは思えません。そんな知性はないことは理解しています。
　だとすればハンドルを握っているのは、迷い子になった人間でしょうか。
　それならば……こちらに気がつけば避けてくれるはずです。
　車はヘッドライトをつけていました。まばゆい双眸が四人を照らします。

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ココデハナイ、ドコカ

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