ココデハナイ、ドコカ｜リアクション

ココデハナイ、ドコカ

　五十士柊斗は単身、屋根伝いの移動を繰り返していました。
　屋根が途切れるところでは『ろっこん』を使って壁伝いに地上に降り、すぐにまた別の屋根に『ろっこん』で壁を登るという方法を使います。賢明な移動法と言えましょう。異界の住人たちは柊斗に気がつけば追ってきますが、屋根の上にまでは意識が届かないようで、すぐに彼を見失ってしまうのです。
　いくら何でも飛んできたりはしない……はず、という柊斗の読みは正しかったということになります。
　この世界がループ構造、しかも、ランダムにループしランダムな場所に出るという異常な空間になっていることを、今の柊斗は理解しています。これは屋根伝いに移動しても同じ事です。
　ここまで何度か、移動中の人間を見かけたのですが、運が悪いのか彼らと接触しようとするたび、新たなループに柊斗は巻き込まれ、うまくいかずじまいでした。特に、中華料理店のところで見かけた黒髪の少女（黒依アリーセです）には、もう少し彼女の行動が遅ければ追いつくことができたはずです。
　やはりどこか、迷い人がよく通りそうな箇所に当たりをつけて待機し、人を見かけたら声をかけ合流すべきでしょうか。
　いつまでも一人というのは心許ないし、第一、危険です。柊斗の腕力ならば、女性や小学生くらいなら抱えてろっこんによる移動ができると思われますし……。
　まあ、人を待つにしてもこの辺りはやめたほうがよさそうです。なにしろ眼下の道には、これまで見たことないほどに大量の異界人たちがひしめいているのですから。
「……！？」
　ここで彼の思考は中断させられました。
　耳慣れない音を感知したのです。
　いやそれは、この異界の外であれば日常的に聞く音でしょう。けれどこの場所では、ひどく場違いでひどく新鮮に聞こえる音……。
「車のエンジン音！」
　柊斗は屋根から身を乗り出しました。
　それとほぼ同時に彼の眼下を、一台のワンボックスカーが凄まじい速度で駆け抜けていきました。
　四人ほど乗っているでしょうか。まるで戦車のように、異界人を弾き飛ばし、挽き潰して進んでいきます。それでいながら巧みに障害物を避け、まったく速度を落とさず爆走しているのは驚嘆に値するといえましょう。
　あの車を追ってみよう、そう柊斗は決意しました。