寝子召地蔵と流れ星の雨｜リアクション

寝子召地蔵と流れ星の雨

　寝子召地蔵の涙。噂程度に聞いていたその現象に触れたとき、伊予祐の脳裏をふとよぎったのは十四歳の記憶。白い壁と天井、手のひらで溶けてなくなってしまいそうなあの子の指先。どうだったっけ、そう思った瞬間、祐は星降る夜に包まれていた。

「お兄さん、道に迷ったの？」

　川べりに立って星を見上げる人影を見つけたのはすぐ。祐……他の誰かの訪れを感じ、空から目線を移してふんわりと微笑んだのは、年端もいかない少年だった。
　人懐こそうな言葉尻と笑顔の下で寂しさがあまり上手でなく隠れている……そんな佇まい。まだあどけない顔立ちのせいで、詰め襟の学生服が浮いてみえる。片腕、手首の先まで巻かれた白い包帯を見て、祐はこの少年が十四歳の頃の自分であることを思い出した。

「ちょっとね、野暮用」
「ふうん」

　続きを促すような、興味が無いような、曖昧な相槌と変わらずのやわい笑顔。気恥ずかしさに祐は紙巻煙草を唇の端にくわえ、言葉が出ない理由をごまかした。浅く吐き出した白い煙が、夜闇にそっと迷いながらほどけてゆく。

「……俺ね、未来の君なんだ」
「へえ。……変な人」

　同じ色の髪をつまんでみせ、言われてみれば似てなくもないけどねと笑い、幼い祐は祐の姿を上から下までながめてまた笑った。

「立派にやってるんだね？」
「立派……まあね」

　もう子供でもない、かといって大人にもなれていない、目の前の幼い祐にとって、祐は立派な大人であれているのだろうか。幼い祐が思う、立派な大人の務めを果たせているのだろうか。それはわからないと祐は素直に告げたが、同時に。

「俺は、幸せだ」
「そっか」

　少なくとも、これだけは。
　やさしく胸を張る祐の姿を見て、幼い祐はそれを大人と認めてくれたのかもしれない。さっきよりもより柔和に笑う幼い祐に、祐はふと当時を思い出す。それも見透かしたように、すこし打ち解けた幼い祐が何度か唇を開いては閉じ、口ごもっていたことをそっと吐き出す。

「……未来の俺なんだよね？　じゃあさ、彼女はどうなった？」

　ほら、小さな雪の子だよと、思い出させるように祐の瞳を覗きこんで問う幼い祐。ああ、気になっていたけれど誰にも聞けなかったんだ、この頃はこんなに不安でたまらなかったんだと、祐はほんの少しすがるような顔を見せた幼い祐の頭をくしゃりと撫でてやった。

「びっくりすること教えてやるよ。あの子、今も元気だよ」
「え……ほんと！？」
「立派な大人はこういうことで嘘はつかないんだ」

　近いうちに遠くへ、誰も手の届かないところへ行ってしまうと知ったのは、いつから、誰からだっただろう。十四歳にもなってお伽話みたいな言い方だなと一瞬微笑ましい笑いがこみ上げるが、同時に今なら分かる。死という直接的な言葉でそれを捉えてしまったら、あの子の前で笑っていられなくなる、その後を知らずに遠ざかれなくなる。それを心のどこかで感じ取っていて、潰れまいと自分を守った末の言葉選びだったのだと。

「そっか……よかった」

　誰かとの時間に、物理的な永遠はない。いつか必ず、離れてしまう時が来る。幼かった祐がそれをぼんやりと知ったのは、あの出会いがあったから。今この瞬間もいつかは終わる、だから今出来ることをしたい、精一杯伝えたい、それをしてやりたいという感情を、人はいとおしいと呼ぶのだろう。

「安心するなよ？　大切な人なら、一緒の時間は大事にしなよ」
「……言われなくても分かってるよ」

　照れたように口をとがらせた幼い祐の頭をまたひとつ撫でて、祐は笑う。

「俺もがんばるからさ」

＿＿がんばれ、俺

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