帰って下さい冬将軍！｜リアクション

帰って下さい冬将軍！

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「Здравствуйте.　（こんにちは）　貴方が冬将軍、ですか？」
「いかにも。随分と噂になっているみたいだね。人気者になったような気分だ」
　はは、と冬将軍は楽しげに微笑む。その姿を見て、八神修もつられたように口元を緩めた。「冬」の厳しさはその表情から窺えないが、恐らく、奥底には厳しさも眠っているのだろうと修は分析する。
　顔を見る限り、本当にただ、旅を楽しみにしているだけなのだろう。修は言葉を続ける。
「俺は、八神修といいます。よろしければ、オデンを食べに行きませんか？　屋台が出ているんです」
「ああ、是非ご一緒させてもらおう」
　修と冬将軍は、連れ立って商店街の方へ歩き始めた。

　旧市街にラッパの音が響く。西野町とうふ店の前、呼び込みをしているのは西野町かなえ。移動式のリヤカーの前に幾つかの椅子を並べ、臨時屋台を出しているようだ。
「寒さで冷えたその体にほっとしみこむおでんはいかがですかー？　湯豆腐もあるでー」
　商品は大豆製品ばかりだが、売り上げは悪くないようだ。ちらほらと買っていく人の姿が見られる。
「まいどー、おおきに！」
「俺達も良いかな？」
　かなえに声を掛けながら、修は手にしたビニル袋を軽く掲げてから差し出す。
「もちろん！　お、肉持ってきてくれたん？　おおきに。今煮込むから、ちょっと待ってな」
　差し出された袋の中を見て、かなえは嬉しそうにを声を弾ませた。鍋の中に食材を入れ、少しだけ火を強める。
　銚子を一本と猪口を二つ、修と冬将軍の前に置くと湯気の立つ白い液体を注いでいく。
「お酒はないから気分だけなんやけど、はいどうぞ！　寒かったやろ？　あったまるでー」
　温めた豆乳を飲むと、冷えた体に染み渡る。修は肩の力を抜いて息を吐いた。
「ええと……お名前を伺っていなかったですよね」
「зимаだ。何、この名前では通りが悪いのでな。冬将軍で構わんよ」
「ロシアの方ですか？　名前、ロシア語で冬という意味ですよね」
「儂はどこの出身というわけでもない、冬と共にある者だからな。ロシアは馴染み深くはあるがね。名前は単に、いつの間にかそう呼ばれていたというだけの話だ」
「そうなんですか。ロシア、行ったこと有りますよ。素晴らしい所ですね。広大で、歴史があって、水が綺麗で、冬が長い国……冬は好きです」
　豆乳を飲みながら言葉を交す二人の前に、かなえは皿を置く。厚揚げと餅巾着、それに、修が持ち込んだミートボールと牛スジ肉、手羽元が盛られている。
「お待たせしました。ささ、あったかいうちに食べてな」
　二人に割り箸を差し出しながら、かなえはにっこりと笑う。修は礼を言い、箸を手にしておでんを食べ始めた。
「やっぱり、寒い日は温かい食事が幸せですね。寝子島に立ち寄ったのは、旅の途中ですか？」
「ああ、南から北へ向かう途中だったんだがね、ふと腰を下ろしてみたら存外良い所で、気に入ってしまったよ。こうして美味い食事もあるしな……お嬢さん、おかわりを頼めるかな？」
　空になった銚子を振りながら、豆乳のお代わりを求める。冬将軍の前に置かれた皿はいつの間にか空になっていた。
「はい、ただいまー！　しかし、よく降るなぁ……」
　空を見上げ、ぽつりとかなえが呟いた。修も空を見上げる。
「貴方がいるから、冬が来るんですね。雪遊びをしたり、こうして温かいものを食べたり……冬にしか味わえないことだと思います」
「楽しんでくれているなら結構。儂もこうして楽しい思いをさせてもらっているよ」
　冬将軍は掲げた銚子を揺らし、三杯目のお代わりをした。