「違っ……違うんです! 認知とかそういうんじゃ……家族、家族なんです!」
必死に言い訳を紡いでいるのは霧生 渚砂。渚砂に抱きつく霧生 里桜は、今にも泣きそうな表情を浮かべている。
「やっぱり、里桜のこと認知してくれないんだ……っ」
周囲の視線が痛い。時折耳に入ってくる囁きに耐えかね、渚砂は顔を青くしながら逃げるようにし店を後にした。一歩店を出ると、にやにやと笑みを浮かべる。
「きゃはは渚砂の反応おもしろーい♪」
「里桜、外でああいう事はだな……」
渚砂が苦言を呈しようとしたのを察し、里桜は渚砂が言葉を言い終える前にその場にへたり込む。
「ふえぇ……荷物重くて持てないよぉ……」
ぐすぐすとしゃくりあげ、嘘泣きをする里桜に渚砂は情けない表情を浮かべる。おろおろと辺りを見回すが、里桜は泣くばかり。
「分かった。荷物も持つし、里桜の好きな甘いもの作るから……」
困りきった渚砂の表情を盗み見て、里桜は込み上げる笑いを噛み殺す。ふと、里桜の目に珍しい格好をした男が映った。
「……ん?」
里桜は立ち上がると渚砂を置いて男に近寄り、声を掛けた。
「Вы имели в виду , вы русский ? (もしかして、ロシア人?)」
「да. Меня зовутзима. Это называется зимний моро. (ああ。ズィーマ……冬将軍と呼ばれているよ。)」
「зимний моро! Вы пришли в сфере туризма здесь? Вы можете остаться до тех пор, как вам нравится!(冬将軍なんだ! 寝子島には観光? ゆっくりしていくといいよ!)」
渚砂は荷物を抱え、二人に近寄った。会話の内容は分からないものの、恐らくロシア語で会話をしているということは分かる。
(――ん? ロシア人ってことは――)
「里桜、ちょっと通訳してくれないか? よかったら家に来て夕飯を食べないかって」
里桜と冬将軍、本場の二人に自分の作るロシア料理を食べてもらえる。こうして自分を追い詰めれば、最高の料理が出来るかもしれない。
「日本語は分かるから、通訳はいらないよ」
「そうなんですか、良かったらどうですか、ぜひ。ロシア料理を作りますので」
「Нагиса также сказал так, давайте пообедать вместе! Он сделает русскую кухню!(渚砂も言ってるし、うちで夕飯食べよ! ロシア料理作ってくれるって!)」
「では、お言葉に甘えて。ごちそうになります」
「пойдем! (じゃあ、行こう!)」
軽い足取りで里桜は家へ向かう。里桜の笑顔を見て渚砂も口元を緩ませる。両手には里桜の分まで荷物があるが、それを気にしている場合ではない。
この程度の重みでめげるほど、やわな精神は持ち合わせていない。冬将軍からの荷物を持つかという申し出を断り、渚砂は帰路を急いだ。
デザートのシャルロートカとホットチョコレートまで食べ終え、里桜は一息つく。その表情は満足げだ。
「эй, Как долго вы остаться здесь? я надеюсь, что вы остаетесь внэкосима навсегда(ねぇ、冬将軍はいつまで日本にいるの? ずっといてくれていいのに)」
「残念だが、明日には出発するつもりだ」
「Гы……(えー……)」
「また冬に来るから、そう落ち込まないでくれ」
不満げな里桜の頭を、冬将軍はそっと撫でる。その様子を渚砂は微笑ましげに見守っていた。
「渚砂さんも、ありがとう。ウハーもストロガノフも、シャルロートカも美味しかった。この島のいい思い出になりそうだ」
「気に入ってくれたなら良かったです。里桜は、どうだった?」
「…………美味しかった。ちょっとだけ、渚砂見直した」
唇を尖らせて紡がれた言葉に、渚砂は表情を輝かせる。
「……本当にちょっとだけ。調子に乗らないでよね」
「ああ。また、作ってやるからな」
自然と表情を緩ませる渚砂を、里桜は不満げな表情で睨みつけて自分のマグカップを差し出した。どうやら、ホットチョコレートをおかわりしたいらしい。
「……では、儂はそろそろ行くとするよ。それでは、また冬に」
二人の様子を笑いながら眺めていた冬将軍が席を立つ。渚砂と里桜は、玄関先まで冬将軍を見送った。
「пока, зимний моро! (じゃあねー、冬将軍!)」
頭の上でぶんぶんと手を振る里桜と、会釈をする渚砂。冬将軍の背中が見えなくなったところで、里桜は渚砂を見上げて小さく鼻を鳴らした。
「ほら、渚砂。……おかわり」