帰って下さい冬将軍！｜リアクション

帰って下さい冬将軍！

■
「あー……観光なら、九夜山とかどうっすかね。自然が見られるッスよ」
「自然か、それもいい。案内してもらっていいかね」
　そんな会話を交わして、二人は九夜山へやって来た。突然の大雪のせいろうか、ロープウェイは止まっているようだ。
「ロープウェイが動いてれば、温泉にも行けたんスけどね」
天懸は、普段走っているランニングコースを歩きながら山の様子に気を配っていた。
　雪に残された小さな足跡や、木の上を走る小動物。普通に歩くだけでは見逃してしまいそうなそれらが天懸の目に映ると、不機嫌そうに眉根を寄せて目を細めた。
　白く染まった山の景色は美しいと言えるのだろう。冬将軍も、興味深げにあちこちへ視線を走らせている。
　いつもより、動物の姿が多く見られるのは気のせいではないだろう。天懸は先程から、視界の端にちらちらと動物を捉えていた。
　予想通りの展開に、軽く肩を竦めて内心で溜息を吐く。どこか複雑な表情を浮かべながら、隣を歩く男を見た。動物の姿には彼も気付いているのだろう、時折、天懸と同じ方向へ視線を向けている。
「……どうッスか、この山。わりと自然が残ってるんスよ」
「うん、美しいね。やはり……こうして自然を見るのも旅の醍醐味だ。君に会えて良かったよ。上には、温泉があるのかい？」
「はい。他にも、展望台とか杉の木とか……そんなもんッスかね」
　言葉が途切れた時を狙ったかのように、リスが二人の前を横切る。天懸は足を止め。リスの行方を目で追いかけた。
「この雪じゃあいつら餌探せないだろうな……」
　ぽつりと呟いた言葉に、天懸の胸がざわつく。冬将軍がやって来たせいで秋が終わり、冬になってしまった。一月にも満たない短すぎる秋では、食糧を十分に溜め込むことも出来ていないだろう。
　冬将軍がこのまま島に滞在し、長い冬が続いたとしたら。冬を越せる動物はどれだけいるだろうかと――天懸は考える。
考えれば考えるほど増していく胸のざわつきに思考を無理矢理に打ち切って、沸いた感情を振り払うように大きく一歩踏み出すと、雪が軋む音がした。
「……大丈夫だ。儂が去れば、また、秋は来る。そうすれば彼らも餌を探せるだろうよ」
「……そうッスか」
　つれない返事を返してしまったのは、余計なことを考えてしまったためだろう。眉間に皺を寄せたまま、天懸は冬将軍を待って足を進める。
（あー……くそ。俺あいつら嫌いなのに、なんであいつらが教えてくれたことに頼ってるんだろ。あほらし）
　心の中で自分に対して毒づく。口が重くなり、沈黙が二人の間に流れる。
（……まあ、おっさんがいることでこの島の楽しみも危ないってのが伝わったならいいか）
　この気持ちを晴らすために、帰りは誰か可愛い女の子に声を掛けようと決心しながら、天懸はランニングコースを早足に進んでいった。慣れない雪に足をとられ、スカートの中身が見えそうな女の子がいればいいなと邪な想像を抱きながら。